性欲と天秤


  



「はぁ、は……はっ」

 グチュグチュと醜い音がトイレに響いた。
 必死で自分を治めるのに周りなんて気にしてられなかった。途中で足音が聞こえた気もするが、無我夢中で股間を扱いた。

 何回思い出して股間を握ったかわからない、何回達したかも分からなかった。
 気付いたらどっぷりと日は暮れていて、完全下校の鐘が鳴ったのに気付いた。

「……竜くんっ」

 いつもお昼ご飯を食べている空き教室を通り掛かり、苦しそうな声が一瞬聞こえて興味本位で中を見た。

 なんていうわけではなかった。

 最近、竜くんは放課後にばったり会うと真っ赤な顔をして少しぼうっとした様子だった。
 最初は体調が悪いとか、眠いからなのかと思っていたけど、一緒に帰った時に気付いた。
 竜くんはしきりに足をモジモジさせていて、まるで発情した時の動物みたいだった。

 いつもは僕がピッタリくっつくと怒るのに、逆に竜くんから身体を寄せてきたりしていた。警戒心なんてものが全く無くなったかのようだった。
 あとはもう、なんかイヤらしい匂いがした。
 野生の勘が呼び覚まされたような感覚だった。

 正直最初は、竜くんに特殊な性癖があって、それが放課後という時間が丁度いいのかなと思っていた。
 でも違った。
 あの日、昇降口から誰かに寄りかかって歩いて行く竜くんの姿を見て確信した。

 僕以外と喋っている所をあまり見ない竜くんが、誰かに寄りかかっているなんて可笑しい。
 この僕ですら、放課後の時しか寄りかかってくれなかったのに。
 病気の時ですら気丈に振る舞う竜くんがあんな気を許した態度をするだなんて。


 可笑しいと思ったし、許せなかった。


 それから放課後に部活に行くと嘘を付き、廊下の端っこから教室を覗き見ていた。
 いつもなら竜くんはすぐに帰るはずだ。部活もやっていないし、バイトの時は超高速で帰るけど……そうでないならいる意味がないと電車の時間に合わせて教室を出る筈だ。

 そう思って構えていたが、暫く経っても教室を出てくる様子がなかった。
 それから俺は体育座りで待っていると、ようやく教室を出てきた竜くん。竜くんは一番端っこにあるお昼ご飯を食べている空き教室に向かった。

「あそこには……誰か」

 竜くんを待つ間に僕はぼうっと廊下を眺めていた。その時に誰かが空き教室に入って行った様な気もする。
 記憶を思い返すが、どうにも竜くん以外のことは思い出せない。

 仕方ない、と空き教室に向かい耳を澄ました。

 するとどうだろう。くぐもった声が聞こえた。それに何か、濡れたような音がした。
 目をパチクリとさせて磨りガラスをどうにか見ようとしたがとうとう見えなかった。

 耳を壁に当てると明らかに竜くんの嫌がる声が聞こえる。ただ少し待つと、それが甘い声に変わった。気分の上げ下げがあるらしい竜くんは泣いたり怒ったりしている。


 その次の日、僕は居ても立ってもいられず、どうにかあの放課後の現場を見たかった僕は早朝空き教室に向かった。
 幸いにも磨りガラスはシート貼りになっていて、破こうと思えば破けるものだった。だから端っこの方を少しだけ破った。ここにスマホのカメラを当てれば、大きな影を残すこともなく中が見れると思った。

 その作戦はすぐに功を奏した。

 その日の放課後も、竜くんはすぐに帰らなかった。僕はジッと待った。竜くんが動くのを。
 それと、誰が空き教室に入ったのかを見るのも。



『ぁ……んふ、ぁ』
『もう、ここがこんなに広がってるよ』
『や、やあ……うざぁ』

 目の前の光景に目を疑った。と言ってもスマホ越しだが。
 広角にしたレンズは、教室の全てを見回せた。何が起こっているのか、僕は最初分からなかった。

 耳が、確かな音声を拾う。所々聞こえないが、それでも甘い声を上げているのは紛れも無い竜くんだった。

 ロッカーに押しつぶされる様にして覆い被さられている。それも、男に。

 しかも、相手は同じクラスのやつ。
 竜くんの隣の席のやつだった。

 嘘だ、竜くんはアイツと仲良くないから嫌だとか言っていたのに。どうして嘘をついたの。

 嘘だったという事に絶望したのに、身体が竜くんの痴態を見て昂って行く。

『あっ……そこ、や……』

 かわいい、可愛いよ竜くん。
 どうしてそんな蕩けた顔をするの。なんでそいつに?

 竜くんは気付いていないかも知れない。
 相手は竜くんのお尻に自身の股間を擦り付けている。竜くんは泣いている様に喘ぐ。かわいい、竜くん。


「……っ」

 竜くんが無言になって相手に縋りついた。自分の手の震えで分からなかったが、竜くんは小刻みに身体を震わせていた。
 お尻に指を入れられて、無防備なお尻に汚いモノを擦られているのも気付いていない竜くんが、ソイツの手で気持ち良くさせられている。

 暫くしてから、僕はトイレに駆け込んでいた。

 そしてさっき撮った動画を思いっきり拡大して竜くんの隠されたそこを見る。しかし見えない。
 いくら画質が良くなったとはいえ、こんなブレブレな動画ではなにも見えない。

 だが僕の頭は賢い。
 見えないところは脳内補完で、ただひたすら竜くんを想像した。

「りゅうくん、はぁ……かわいい」

 液晶をベロリと舐め上げるが、無機質な味で僕の想像の竜くんは遠のいてしまう。
 竜くんを僕のものにしたい……。


 そして気付けば完全下校の鐘が鳴っていた。
 股間は痛いほどに赤く腫れていて、もう何も出ない。搾り取られた。


 明日、竜くんの顔を見たら我も忘れて襲ってしまうかも知れない。
 教室で、朝日が眩しくて清々しい朝なのに、竜くんを乱れさせてしまうかもしれない。
 みんながドン引きして竜くん泣いちゃうかも。

「ふへ……竜くん、すき」


 怖がった竜くんは僕に助けを求めるかなぁ。


「おはよっ」

 挨拶をした竜くんは、またいつも通りの竜くんに戻っていた。はぁ、どうしてかな。僕にはあんな顔見せてくれないのにな。きっと最中の顔なんてもっと良い顔するんだろうなぁ。

 お昼は購買に竜君を引き摺って連れて行く。
 ちなみに朝はちゃんと竜くんのことは襲わなかったよ。その代わりに竜くんの隣の席のアイツをジッと睨んでやった。

 でも、驚いたことに竜くんから見えない様に僕に勝ち誇った様な笑みを向けて来たんだ。
 んーでも、竜くんは君のこと嫌がっていたけどね。

 購買に行ったらいつも通りの空き教室でお昼ご飯を食べる。何気なくロッカーを触っていると、竜くんが急に怒り出しちゃった。
 どうしたのかなぁ。

「早く食べるぞ!」
「はぁい」

 そしていつも通り竜くんの座布団になってあげる。
 僕、知ってるよ。竜くんちょっとケッペキショウだよね。だから人に触れてこないって知ってるし、埃っぽい地べたに座るのも苦手だよね。購買に早く行くのを文句言わないのだって、人に揉みくちゃにされるのが苦手だからだもんね。あとは人がご飯を食べている時の匂いも苦手だよね。僕は知ってるからわざと竜くんが食べるものと同じ様な匂いの食べ物を食べてるんだよ。それに竜くんは体育の時に人と同じ部屋で着替えるのも苦手だよね。それもケッペキショウが理由なのかなぁ?

 竜くんの丸い後頭部が目の前でゆらゆらと動く。咀嚼をするたびに耳が動くの知ってるかな、可愛いなぁ。
 一口でも噛む回数が多いよね。お腹が弱いからって知ってるよ。消化するためによく噛んでるんだよね。
 いつも美味しそうにパンを食べてるけど、そのクリームの上に僕の精子掛けても食べてくれるかなぁ?

「ん? なんだよ」

「別になんでもないよっ」

 竜くん、僕のことも受け入れてくれるよねっ!


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