隣国の王


   



「…気を付けて行くのよ…、」

「もし何かあったら全力で逃げるんだ。わかったな?」

そう言って二人は俺のおでこにキスをした。
もうそんなことをされなくても俺はちゃんと判断できるし、ある程度の力だってあるっていうのに…二人は昔も今も過保護で困るなあ…

「わかってるよ。」

俺は二人にそう言って笑ってから国を出た。
あの時はまさかこんなことになろうとは思いもしなかった。
父さん、母さん、もしかしたら…俺…。



俺の小さな頃の夢は国を救って勇者になること。
俺の生まれた国は貧困で隣国の助けによって今までギリギリ生活できていた。
しかしその隣国も敵国との激しい抗争に負けて植民地になってしまった。
俺の生まれた国には何一ついい資源なんて採れやしない…つまりもうその敵国に乗っ取られたも同然だった。
だが敵国の王様はようやく隣国を支配できたことに大変機嫌を良くしたらしくもしなんの抵抗もしなければ国を支えてやる、と言ってきた。そしてそれに国は応じた。
しかしやっぱり国の格差なんてものは当然生まれるもので俺たちの国、アスラティカの人々はもはや敵国、ダンベラシアの奴隷になっていた。

アスラティカに来たダンベラシアの男たちは美しい女たちを攫っていったし、子供も攫われて人身売買にかけられたりした。男たちは安月給でこき使われて苦労死するものも多かった…それでもアスラティカよりは何倍もお給料をもらえたからみんなその仕事を不満も言わずにこなしていた。
ダンベラシアの王様はそれを知っていてずっと、見逃していた。アスラティカの王様も何も言えずにダンベラシアの言いなりになっていた。

何年か経ってダンベラシアの王様が亡くなられた、それが去年。
そこから王様の一人息子が王についてからアスラティカはだんだん潤っていった。
その新王様は前々からこの関係について不満を持っていたという。…なによりも恋人がアスラティカの人だかららしいけど、それでもアスラティカの人々は新王様に信頼を抱いていた。俺も、そのうちの一人だった。

俺はそのアスラティカ王の第一剣士の息子だ。…まあ三男だが…俺は父さんみたいに剣を揮えない、それは非力だからだ。
兄さんたちは国の一位、二位を争っているのに俺だけは違った。
だからアスラティカから呼び出しが掛かったときぜひ俺が!と名乗り出た。
呼び出しとはまあ簡単に言えば伝達係や運搬のようなものだがそれでもなにも出来ないよりかは全然良い。俺のいつもの仕事は畑仕事と、市場に出荷しに行くだけ…すこし自慢が欲しかったんだ。兄さんたちみたいに、
家族には猛反対されたけど王様は笑ってお前に頼もう、と言ってくださった。
だから俺は意気揚々と国を出発した、のだが。

「…う、うう…」

まさかスパイとして囚われるとは思わなかった…。
ダンベラシアから送られてきた入国証に誤りはないはずだ…それにちゃんと呼び出しがかかっている、ということも伝えた。それなのにどうして、

「スパイはみんなそう言って王様を理由にするんだよ、まあお前みたいになよなよした奴はこれまで見たことがないがな。」

そう言ってワハハと笑った男たち。
俺はきっと捕まって、殺されるに違いない。
そしたらもう、自慢どころじゃあなくなるんだ…、
なんでこんなことに、俺はただ、兄さんたちみたいに誰かの役に立ちたかっただけなのに…。

「お前は多分アスラティカのモノだろ?まさか反逆者とかじゃねえよなあ?」

そんなわけねえかあ、だって今じゃ王に感謝しきりだもんなあ。
アスラティカを馬鹿にするように笑った男に俺は眉を寄せた。

「なんだあ?その顔はよお…?」

そう言って男は俺の髪を鷲掴みにして眼前に引き寄せた。

「…まあ良い。スパイと分かればお前は奴隷になるしな…そしたら俺がたあっぷりつかってやるよ、」

そう言って俺に唾を吐いた。



「…何をしているんだ、君。」

ガシャン、と音がして鉄の扉が開かれた。
そこにいたのは

「おっ、王様…ッ!」

しなやかな銀灰色の髪に同じ銀灰色の瞳、紛れもないダンベラシアの国王が笑っていた。
男は途端に顔色が変わって俺を部屋の奥に投げつけた。

「こ、コイツがアスラティカのスパイだった奴です!入国証を持っていましたが偽物だと思いまして…、」

「そうか…君がこの子を捕まえたのか、」

カン、カン、と一歩ずつこちらに歩いてくる王様。

「…最上級の褒美をやろうじゃないか。」

にっこりと王様は笑った。
そしてさっき俺を掴んでいた男は笑った。

「…さあ、おいで。…エリオ」

「え、」

エリオ、それは俺の名前だ、
男も俺と同じようにハ、と言いたそうな顔をして俺と、王様を見ていた。
王様は俺の目の前に手を差し出して、目を細めて俺を見つめた。



「…久しぶり、こんな再会になってしまってすまない。」

俺が一向に手を出さないのに痺れを切らしたのか王様が俺の手を取ってそう言った。
そして土で薄汚れている俺の手の甲にキスをした。

「…、っ」

そして床に膝をついて懐から出したハンカチで俺の顔を丁寧に拭いた。
ゆっくりと、丁寧に、…まるで貴族が見るような高級な劇を見ているようだった。

「お、王様っそいつはスパイですよ!?」

男が転げるようにそう王様に近づいた。

「スパイ…?いいや、それは違う…エリオは盗賊だ。」

僕の心を盗んでいった…、そうだろう?
王様の銀灰色の瞳が俺の素っ頓狂な顔を映し出していた。

「…さあ、最悪な再会を最高の再会に塗り替えよう。」

ジェド、よろしく。
そう言って俺の手を引いて腰に手を当てる王様に俺は何も言えずによたよたと歩いた。
周りには何人もの護衛の人がいて、突然獣のような叫び声が耳を突き抜けた。
多分、これはあの男の…、

「…すまない、これもあとで塗り替えようね…エリオ、」

ちゅ、と右耳にキスをされて俺は呆けたように王様を見つめた。



「おやすみ、今日は色々連れまわしてしまってごめんよ、…お昼のことは本当にすまなかった…。愛しい人をあんな汚い場所で、しかもあんな…下衆な奴に君を触らせるだなんて…」

本当にすまなかった…、そう言って俺のオデコにキスをする王様。
あの後無事お城に連れて行ってもらった俺は王様のヴァレット達に王様の目の前で湯浴みをさせられた。自分の貧相な身体を見られるのは恥ずかしかったがきっとスパイかどうか確認するためみたいだったのでおとなしく従った。
王様はその間ずっと俺を見ていてなんだか見世物になった気分でもあった

十分な湯浴みを終えた後既に日は沈んでいた。王様に連れられるがままに夕食の席に着いて長いテーブルを王様と二人座っていかにも高級そうな食事をとった。
その間王様はしきりに謝っていて、料理は口に合うか、だとか、俺の好物はなにかを聞いてきた。素直に答えれば明日はそれにしよう、と笑っていた。
少し変な王様だが、俺が思った通りやっぱり王様は凄く優しい人だった。確か年は俺の二つ年上だと父さんは言ってたけど、何と言うか…凄く大人に感じた。

「…ああ、エリオ…何を考えているんだ?明日はきっと最良の日にするから楽しみにしていてね、」

チュ、チュ、と顔中にキスの雨を降らす王様になんて慈悲深いんだと俺は幾度目かの感心を寄せた。

「王様、俺は…」

俺が言いかけるとシッ、と俺の口に王様が手を当てた。

「僕の事はセスと呼んで…エリオだけに呼ばせる名だ、」

「で、でもおうさ、」

「…セスと呼んでくれないのか?」

哀しみに暮れたような銀灰色の瞳に俺は焦ってセス!と勢い良く呼んでしまった。

「あ、いやっ…セス様っ!」

やってしまった、…と思いながらすみません、と謝った。

「違うよ、様だなんて要らない。エリオと僕は同じ人だ…」

「!!」

本当に王様は神様のような人だ…俺と同じ人だなんて、前王様にも会ったがこんな…優しさに溢れたような方ではなかった…、もっと闘争心を持っていて…、こんな事を思ったら罰が当たるかもだけど…王様には全然、似てもにつかない…。

「セス様…」

「様はいらないってば…」

クスリと笑って俺の顔にかかった髪をゆっくりと払った。

「せ、セス、…?」

「ああ、なんだい…エリオ。」

なんだか甘い雰囲気に包まれて俺は目をキョロキョロとさせた。

「…そうだね。もう遅い、今日はゆっくりと寝てくれ。」

外にはちゃんと護衛が着いているから大丈夫だ。安心して、

そう言ってまた髪を払うと頭を撫でられた。

「…明日が待ち遠しいよ」



まぶしくて目が覚めると既に日は全部顔を出していた。
な、何時だろ…もしかして寝すぎたのかも…、
俺は慌ててベッドを正して鏡で姿を整えて扉を開けた。

「あ、わっ」

ドン、と固いものにぶつかって俺はしりもちをついた。
見上げれば屈強そうな男が二人、俺を見降ろしていた

「ああっすみませんっ…お怪我はございませんか?」

手を出されてそれに掴まって起き上がるとそう言われた。
俺は大丈夫です!と答えながら格好からこの人が護衛のひとか、と納得した。

「すみません、王様はどこに居られますか?」

「ああ、それなら…」

男がそう言いかけた時にエリオ、と声が聞こえた。その聞こえた方に顔を向けると王様がこちらへやってくる途中だった

「おはようございます!あの、俺っ」

「やあ、おはよう。今日も美しいね、」

「あ、え…ありがとうございます、?」

美しいだなんてはじめて言われた。父さんに酒の席でお前は薄汚れた顔をしていると笑われたことはあったが。あれは多分一生忘れないと思う

「王様、本当に失礼しました…っ!」

「言っただろ、エリオには名前で呼んで欲しいと。」

「あ、せ、セス…さん、」

さんはいらないよ、と微笑まれて頬に手をあてられた。

「それより失礼なことってなんだい?」

「先ほど起きたばっかりで…護衛の方をつけてもらったのに自分だけグッスリ寝ているだなんて、…」

俺はすみません、と膝をついた。
本当なら今頃山の中か、檻の中で寝ているはずだったのにこんなに優遇してもらって…なのに自分だけのんきに寝ているだなんて、もしこれで王様がアスラティカに不満を抱いたら…なんて事をしてしまったんだ、

「エリオ、そんなことはしなくていい。この城はエリオの物のようだから何したって構わないよ」

それに僕はエリオがずっと寝てればいいと、そう思ってるんだ…そう言って笑って膝をついている俺に目線を合わせるように王様も膝をついた。背後で王様っ、と各々が呼んだが王様は全然気にしていないようで、そのまま言葉を続けた

「可笑しいだろ?」

「…あ、いえ、そんな…」

「さあ、立って。朝食を摂ろう」

昨日のように手を引かれて俺は立ち上がった。
そのまま唖然とする護衛を横目に王様はスタスタと歩いていく。
やっぱり王様はとても優しい方だ、俺みたいな出来損ないでも同等に扱ってくれる。…まるでアスラティカの国の人々を思い出す。
アスラティカの人々は貧しいながらもとても愉快で、幸せに暮らしていた。

「…おうさ、…セス、」

「やっと呼んでくれたね、エリオ。」

「貴方に出会えてとても嬉しいです。アスラティカの国民も皆幸せです、」

はやく帰ってこのことをみんなに知らせてあげたい。きっと土産話というよりメインの話題になるだろう、そう思って俺はクスリと笑った。



もうダンベラシアに来て一週間になる。
朝が6回きて、夜が7回来た。
でも一向に俺の仕事が明かされずにいる。
何度も俺は何をしたらいいのかセスに聞いた、だけどセスは俺がいるだけでいいと笑って話を逸らすだけだった。もしかしてまだスパイと疑っているのだろうか、とそう思ったがそうでもなさそうで国のことはなんでも話してくれた。そこで俺はある考えが浮かんだ、
もしかして俺の仕事は本当にダンベラシアのことをスパイすることなのではないか、と。
もしそうだったら俺はどうしたらいいのだろうか、
こんなにも心優しい王様に近づいてすべてを聞いて、国に持ち帰る…そんなことはできない。
セスはこんな俺にも優しい、時々恥ずかしいこともするけどそれでも愛情を感じることばかりだ。他国民なのにこんなにも優しく接してくれているのだからダンベラシアの国民だったらもっと愛してくれるのだろう。
誰にでも愛を与えられるひとだなんて、初めて見た。
一番上の兄さんもみんなに優しいがそれでも他国の人々には厳しい所がある、きっとダンベラシアの前国王のせいでもあると思う。それほどに前のアスラティカは酷かった、

「…セス、アスラティカに帰らせてくれ、」

もう俺にはこんな…セスを裏切るようなことはできない、
目の前にあるセスの顔を見ればセスは表情が抜け落ちたように無表情をしていた。

「セ、セス…?」

「…ああ、ごめん、よく聞こえなかった。」

もう一度言ってごらん?
そう言っていつもの寝る前にしてくれるように俺の頭を撫で始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと。まるで猫をなでているように

「アスラティカに帰りたいんだ。明日にでも帰るつもりだ、」

「…僕の耳がおかしいのかも知れない、あそうか、故郷が恋しくなったんだね、そうだよね。」

じゃあ今度休みを取って…と言いかけたセスの肩に手を当てて俺は首を振った。
この、ダンベラシアでの思い出は絶対に忘れない。セスとの会話も、護衛のジンさんたちと夜な夜な話したことも、豪華で俺の好物ばかりだったおいしい料理も、…全部。

「もう帰るよ、俺にこんな重大な仕事は無理だったんだ。すこし調子に乗りすぎてたみたい、」

「…エリオ…、君はもう返せないよ。」

「え、」

「…今日はもう寝よう。話は明日、」

そう言ってオデコにキスをされた。
いつもこうやって俺の話を逸らすんだ、だから今日こそは、
そう思って俺はベッドから起き上がってセスの腕を掴んだ。

「俺は本当に言っているんだ。きっともう、明日セスが起きたらもうここに俺はいない。」

それくらいに俺は本気なんだ、という意思を見せつけるとセスは目を見開いてからすぐに眉間にしわを寄せた。

「エリオ、君をたぶらかしたのは誰だ、いったい誰が君に」

「違う、違うよセス。これは本当に俺の意思だ。俺一人で決めたことだ」

「そんな、嘘だ…エリオはそんなこと言わない、…エリオ、…もう君はアスラティカには帰せないよ。」

「セス、…俺にはこんな仕事、最初から無理だったんだ…」

スパイだなんて、…そんな卑怯なこと。
父さんたちは知っていたのだろうか、こんな…

「エリオの仕事は僕のそばに居てくれることだ、…そしてそのまま一生、」

「え…?」

「エリオはダンベラシアから出させない」

誰にも、渡さない。

「せ、す…?」

「ごめんね、エリオ。僕は最初から良い王様だなんてものじゃなかったんだよ。全部、嘘なんだ」

俺の頬をそっと撫ぜた手はとても冷たくて、…でもなんだか気持ち良いものだった。
ずっと撫でていて欲しい…

「エリオ」

名前を呼ばれてハッとして目を開けた。
あれ、俺寝そうになってたのか…、

「僕の前でそんな無防備な顔見せちゃだめだよ、もちろんほかの人にも」

「無防備?でも、そとに護衛の方がいますし、大丈夫ですよ。」

セスは俺がそう言うとクスリと笑って、ああ、そうだね。と返してくれたがなんだか子供になったような気分だった。








ーーーーーー


多分アスラティカには帰れません
帰しません




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