カノカン
カノカン。
カレカンが出てちょっと経ったあと、また同じ会社が今度は男のために彼女が入っている缶、カノカンを作り出した。
世の中の非モテの男共は我先にとその缶をこぞって買い占めた。
一人に何人もカノカンがいるというような時代がやってきた。…っていうのに、
「なんで俺にはカノカンすら回ってこないんだ」
誰かさんがカノカンを買い占めたおかげか最近は新品未使用なんていうのは早々見かけない。その分廃棄されるカノカンがあると思いきや、それもない。なんでかはわからないのだがみんなカノカンを手放したくないらしい。…そんなにいいのか…?
「カノカン?」
目の前でスマホを弄っている男友達は不思議そうな声を上げた。
「…お前はいらないってか?」
「え、ああ…まあ…」
「…。」
ふざけんな、と思いながら友達の顔を見つめたが依然としてそいつはスマホをいじり続けた。
多分こいつがそのスマホを使って操作しているのはかわいい二次元の女の子が寄ってたかって自分に思いを寄せてくるギャルゲーだと思う。…そうじゃないと俺の気が済まない…
「顔だけは良いんだけどな」
「なに?」
「…べつに」
顔だけ見るとハーフって言うブランドがなくても普通にかっこ良い。っていうかなんか彫り深いし…あ、ハーフだからか。
でも目と髪の色は普通に黒いからな…
「なに、そんなに人の顔見て」
「その態度、どうにか直したら…?」
俺は半ば呆れながら無表情にメガネをかけたような友達、正直…タダナオを見つめた。
正直とか言う名前の癖に全然そんなような感じはない。多分本人は自覚なしだろうがなんか胡散臭いっていうか、…
「わかったよ、剛くん。これでどう?」
そういいながら目を細めて口角を上げて首を傾げて見せる正直に俺はこれだ、コレ。とその胡散臭さの正体に溜息をついた。
「気持ち悪い、つか、ウザい」
「あ、そう」
そう言ってまた無表情に戻ってゲームを再開する正直に俺は何も言うまいと俺もスマホをいじりだした。その頃にはカノカンはすっかり頭から抜け去っていた。
「ごうちゃん、これプレゼント」
「えっ、」
妹から差し出されたのはカノカンと大きく書いてあるピンク色の缶詰め。
えっ、えっ!?
「なんで!なにこれ!いいの!?」
「うん、いいよ。あげる」
にっこりと微笑むちえみに俺は目をうるうるさせながらありがとう、とちえみの手を握った。
「へへ、そんなに喜んでくれるならもっと早くあげれば良かったなぁ」
「え?なに、?」
「ううん。なんでもないよーそれよりも早くカノカン、見てみたいなぁ」
可愛い子だといいねぇ、とちえみが微笑んだ。本当に兄思いのいい妹だ…昔からちえみだけがうちの家系でズバ抜けて美人だったけど今は美人というか天使だ。あの平凡な両親から天使が生まれたぞ…奇跡だ。
「ふふ、カノカンって一体どんな子だろうね。ごうちゃん」
「開けてからのお楽しみだな…!」
それからちえみと一緒に説明書を読んでからちゃんとカノカンをお風呂に入れた。
二人でソファでテレビを見ているうちに俺は寝てしまっていた。
「…ちえみ…?」
「…ちえみ?それ誰?」
「え?」
声がして上を見るとそこには髪の長い美少女が俺を見ていた。
え、え!?なにこの体勢…
「ふふ、膝枕」
「えっ…あ、う…ん」
これがもしかしてカノカン…?
俺の…彼女?
「あ、な、名前って…?」
「葉月。」
「はつきちゃん?か、可愛い名前だね!」
「ありがと。ねえ、ちえみってだぁれ?」
にっこりと桜色の唇が上がってこてんと首を傾げるはつきちゃん。か、かわいい…
「俺の妹だよ、えっと、多分仲良くなれるから!」
「仲良く?…うん、そうだね」
それよりも、
と続けるはつきちゃんは俺の前髪を優しく手で掬って俺の瞳をまっすぐその綺麗な瞳で射抜いた。
「…剛くんと仲良くしたいなぁ」
フフ、と妖艶に微笑むはつきちゃんに俺の心臓が悲鳴をあげてるような気すらした。
なんだこの小悪魔は、これは世界中の男がハマるわけだ…。
まさかあんなちっこい缶一個でこんな魅惑の美少女が生まれるだなんて…本当のところ少しだけ嘘っぱちじゃないのか、と言う気持ちがあった分こうやって自分で体験してみるとそんなに疑り深く思っていた自分が馬鹿みたいだ。
「剛くん、あーん…」
「あ、…あーん」
母さんが作ったカレーを器用に掬って俺に食べさせてくれるはつきちゃんにみんな驚いていた。父さんなんか仕事から帰ってきて事実を伝えるとストンと座り込んで腰を抜かしていた。
「葉月ちゃん、そんなに剛のこと甘やかさないでよー」
剛ったらすぐ舞い上がっちゃうんだから、と中学生男子が言われたら嫌な言葉を言われるが今の俺にはそんなの屁でもない。
この状況を楽しんで楽しんで、楽しむだけさ!!
「はつきちゃん!もっと!」
ほら、舞い上がった、
なんて言葉が聞こえたがはつきちゃんは「いっぱい食べてね」と微笑んでまた食べさせてくれた。
本当に本当の彼女が出来たみたいだ…いや、これはもう出来たも同然だろ、…!
「ふふふ、剛くんかわいい」
なでなでと頭を撫ぜ回された。
ちょ、ちょうキュート…。
「マイハニープリティプリンセスが本当にかわいくて俺は死にそうだ」
「…ああ、そう」
正直はいつものようにスマホを見ながらそう言った。
そんなに無関心なのも今のうちだぞ!うちのマイハニースウィートプリティプリンセスを見たらもう、…なにも言えなくなるだろうな…、本当に目がハートになるんだぞ!!
「あ!俺んち来るか?」
「…ああ、そうしようかな」
「おっ!やっぱ正直も気になってたのか!」
そうかそうか、と正直の肩を叩いていくぞ!と声を掛けた。
ああ、と言ってにっこりと笑顔で俺の後についてくる正直。
「負ける気がしないな」
「…?なにか言ったか?」
「…いや?」
「どうよ!!」
「剛くんの彼女の葉月です。多分よろしくはしないけど、よろしくね。」
にっこり、と笑って正直にそう言う葉月ちゃんはやっぱり可愛い。
ものすごくかわいい。目に入れても痛くない。ていうか入れたい。
「…こちらこそよろしく。剛が言っていた通り、可愛いね。」
ものすごく、可愛い。
そう言って笑った正直に俺はむむ、と思って葉月ちゃんを抱きしめた。
「葉月ちゃんは渡さないぞ!いくら正直でも葉月ちゃんはダメだ!」
そう言うと葉月ちゃんも俺を抱きしめ返してきた。
超超超カワユイ。
「そうだね、葉月ちゃんはいらないよ」
「剛くんは渡さないよ?」
「…そうらしいね。」
「私たち、気が合うのね。意外だわ」
有り得ないくらいに、ね。
そう言って葉月ちゃんは笑った。
なんだか二人とも言っていることがよくわからない。
ふたりしてよくわからないことを言い合っている…
「…葉月ちゃん、お茶持ってきてくれるかな」
「うん!いいよぅ…私の愛のこもったお茶、持ってくるね!」
そう言ってパタパタと駆けていく葉月ちゃん。
「…で、どうよ。俺のプリンセスは。」
「ああ、そうだな。俺の好みど真ん中だ」
そう言って正直は笑った。
なんだ、コイツ。
「お前には絶対に渡さないぞ。葉月ちゃんは」
「…いらないよ、カノカンだなんて、所詮はおもちゃだ」
そう言った正直の顔を見上げれば正直はにっこりと笑っていた。
え、あ…怒ってるのかと思った…違うのか、
「そ、そうだよなあ、でもそんな感じ全然しないのが不思議だ…。」
どうやって作ってるんだろうな…ちゃんと温度もあるし、触り心地もふつうの人だし…
「お待たせ!お茶持ってきたよ!」
ふふふ、と笑って持ってきたのはコップが二つ。
「あれ、もう一つは…?」
「あ!忘れちゃったぁ…タダナオさんいるの忘れてたぁ…」
ふふ、と笑った葉月ちゃん…かわいい…。
「そうか、じゃあ俺の分はいらないよ。」
別に飲みたくないしな。
ハハハ、と爽やかに笑った正直。
「…ッ…」
「なんだよー葉月ちゃんの煎れたお茶は世界一美味いのになあ」
「…!!剛くん!!」
ギュウウと抱きしめられて俺はハッとした。
ちょ、ちょっとそんなことをされると…!
「剛。もうすぐお前が好きなアニメがやる時間だぞ。」
「えっ?あ、本当だ、予約し忘れてた!」
ちょっと俺行ってくる!と俺はその場から抜けた。
えっと今日はマジカルばなな子ななこちゃん!の日だったんだ…はつきちゃんは自分がいるところじゃないと見ちゃいけないっていうから録画しなきゃならない。
なんでだ?とは思ったけど、はつきちゃんが言うなら仕方ないかあ、と思って最近はそうしている。
***