ざアざアと雨が降り続け、ソレは留(や)みそうにもない。 天泣に御物忌さし続きて押流されぬ。 「ほら、濡れるぞ」 左腰に回された手が、力強く自身の体幹を引っ張った。視線は合っていない。暗くてよく見えなかった。 紅い蛇の目傘の柄を握る永倉の手は、ぞくりとする程冷たい。生きていないような気さえする。馬鹿げた考えでも、それでも斎藤は一生懸命に考えた。 「…ちゃんと、歩けるか?」 「ん、大丈夫…。」 立ち止まり、左頬に触れる。眼の奥底だけが揺れている。 「永倉さん、…そこ、橋の上は通りたくない」 「知ってる。」 「遠回りして帰ろう?」 「一が大丈夫なら、そのつもり」 「いいよ、遠回り。永倉さんの隣、ずっと一緒に歩いて帰るよ」 無理に微笑み、永倉の手に触れた。 紅い蛇の目傘のおかげで、今以上に身体を冷やす事など無い筈であった。 紅なのか黒なのか、泥の中へと転がった傘は喚声一郭捲り上がる。 町並の軒下にぶら下がる破れた提灯が、異様に白い。空が見えないという事は何も聴こえない。 「永倉さんの右肩、右腕、…着物、びちゃびちゃに濡れてる。」 「…気のせい、」 「気のせいじゃないです…。」 「ああ、お前、抱き付いたらお前の着物も濡れちまうだろう」 カラカラと風に靡かれ、紅黒い蛇の目傘は何処かへ行ってしまった。 「俺さ、知ってるよ。お前が何を考えて何をシテたのか、誰と会っていたのか。今何を想い出しているのか、全部全部、知ってる。」 「…そう、」 「お前も、俺がお前を迎えに来た理由、全部知ってるだろ」 「うん、知ってる…。」 雨が止んだのか、大きくもない深い水溜りには大きな月夜が映っている。冴えわたってはいないが、昨夜の月の方よりも月影は在った。 「俺はお前のこと、片時も忘れたことはないよ」 「じゃあ、…どうしたらいい?」 「ずっと一緒に、俺の隣を歩いて帰ればいい」 どうしたものか、垂が流れて逝く。 何処かへ行こうとした傘は、提灯が喰らってしまったようだ。 闇夜に隔たるは、白。 end ← ×
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