頭が痛いのはどうしてだと思う。
原因が解れば対処は出来る。だが原因が解らずとも対処は出来る。そう、簡単に、何時だって、そういうふうに、

胸郭が蠢く、静かに。息を荒げて、私の心は目の前に蹲る私と齢の変わらぬ男を、じっと見つめている。

「一君、人を馬鹿にするのもいい加減にしたら?」

私が“一君”と呼んだ男は、口端から血を流して私を、じっと見つめていた。だから私も見つめ返す、永遠に。その目の奥底を抉り返す様に、ずっと。こんなこと無意味だと解っている癖に、こんなことをしてくるなんて不愉快だ、侮辱だ、消えてしまえばいい。私は一君の存在を否定したくて堪らなかった。私の旗色はいつまでも悪い。そして、もう二度と良くはならないことも知っている、勿論、一君も知っている。
私の右手には、切っ先に血が付いた木刀がぶら下がっている。

「手、抜いたでしょう?こんな私に傷一つぐらい構わないって、妥協してる。」
「いきなり打ってきた相手に手を抜くなんて、」
「生死が掛かった中で、正式に、卑怯者、なんて言ってる場合でもないでしょうよ、一君」

鏡も鑑もいらぬ。だって対ではない。対にはなられない。何らかの意志が変わるとは思えない。それさえ気付かなかったのは、心もひねくれているからである。
一君は自身の口端を手で拭い、眉を顰めた。赤紫色に腫れあがっている。そんな事はどうでもいい、そう思えば、右手から木刀が静かに滑り落ちて転がった。こんなんじゃない、心と頭が一致していない。対にはならない、決して対にはなれぬ。喜ばしいものは悲しきものへ豹変している、人の表情の様にうつらうつら。

「私が先に死んでしまう事について喜んでいるのは紛れもなくお前で、お前は私を既に死人だと嘲笑っている。何故私が死ななければいけなかった事について、面白がって原因を探ってみたりする。人を斬りすぎたなんて自分自身もそうだろうに私に押し付けてみせる。可哀想だと思いながら、変わりゆく私に寄り添わないし何も分かろうとはしない。人間とは滑稽だと声に出して笑いながら、そうやってざまぁみろなんて思っているだろう。弱くなっていく私を面白がって、お前は自分では無くて良かったと心のどこかで安心している。」

最初から刀を横に寝かせ斬ってしまえば良かったのだ、そうすればコイツの声も顔も聞かなくて良かったし見なくても良かった。
全て居なくなればどうにでもなるのに、全ては願っても無くならない。



「沖田さん、哀しい独り言なんてもうやめた方がいい。」
「…独り言?独り言だと、思った…?」
「少なくとも俺にはそう聞こえた。救われもしない、独り言。」
「───お前に言ってるんだよ…!全て…!」

刀を振り下ろすと、一君の小指の先が飛んで行った。カラカラと鳴るのはきっと爪のせい。
殺そうとした私を見るのではなく、一君は、その飛んで行った小指の先を、じっと見つめていた。

「沖田さん、」

彼が口を開く。


「寄り添う事なんて出来ない。沖田さんの今の気持ちなんて分からないから。分かろうともしていない。そして手を抜くなんて事もしていない。手を抜かなくとも、あんたはもう俺に適わないからだ。今のあんたは病魔に蝕まれ過ぎて可哀想で、目も当てられない。あんたが先に死んでくれてよかった、俺はあんたに死にざまを見せつけなくていいわけだから。あんたは俺の死にざまなど見なくて、自分の死にざまだけ見て去ればいいわけだ。自分の事だけ考えて、そしてさっさと死ねばいいんだ」

数間先に飛ばされた自身の小指を拾いあげる。二度と付きもしない小指は血まみれである。

「俺ではなくて良かったと安心しているよ。だって、息が苦しくなって、果てには息が出来なくなって最期まで苦しんで死ぬより、刀で胸を一突きにされて死んだ方がずっといいに決まってる、斬り合いの元で。それはもう、あんたには出来ないけれど」

哂っていた。


「結局、あんたは死ぬ覚悟も何も出来ていなかったって事だ、可哀想に。」

生きたかったんだよ、なんて汚い。そして溜息を吐かれ、根本から小指を斬られてしまった。



(戻らなくなったものは、もう戻れない。)

end











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