座敷牢の奥ゆかしさ、物悲しさとは呼応せぬ。
冷たい鉄格子を握りながら、必死に無実を訴える男を前に、加納は溜息を吐いた。
薄手の外套を脱ぎ、左腕に掛ける。そうして座敷牢の中の男に向かって、丁寧に一礼をした。

「斬首刑おめでとうございます」

加納の手は歓喜に震えている。
対照的に、男の手は絶望に震えていた。

死を予期していたかは分からないが、死を予期していなかった分の希望は心の片隅に少なからずある。死ぬ者を前にする事と、それを面白がって見ている分は落差があるに違いない。故意だとすれば、人は他人の気持ちがよく分からない。人は出来事を初めて目の前にした時、ふと他人の気持ちが分かるのである。しかし、やはり自身の辛さを一番に考え自身が一番可哀想であると考える。愚かさも知らず、理解しようともしない。理解出来ないことは矛盾している。加納は今まで良く考えた。油小路で同志を失ってから、ずっと考えてきた事だ。

おめでたくなんかない!、叫ばれてもずっと考えてきた事だ。

「俺にとってはおめでたいですよ、だから今日は赤飯を持ってきました。お前の首が斬り落とされる瞬間を祝って食べようと思って。だから食べやすいように赤飯をおにぎりみたいに握ってきたんですよ」

ほら、と風呂敷の中から包みを出した。
にっこり微笑む加納の表情は、いつにもなく穏やかである。

「俺が何をしたっていうんだ…。あれは公務だっただろう…!」
「人斬りの御方はよくいいますよね、公務だの何だの仕方なかっただの、もう本当に見苦しいです。大体人を殺していい筈がありません」
「一々理由を付けてくるなっ…お前は何なんだ…今更、どうしてこんな、」
「伊東先生の死を“今更”だなんて言う資格、お前にはありません。」

鉄格子に触れながら、加納はゆっくりと腰を下ろした。

「死ぬのは嫌ですか?お前は今まで人を殺してきたじゃないですか、殺された側の気持ちが分からないとでも?」
「分かるわけねぇだろ…!新撰組なんてもんは皆人斬り集団だったじゃねぇか…、何で俺に拘るンだ…何で俺ばっかり──」
「おや、案外卑屈なんですね。一緒に脱走した仲良しさんの三井さんに裏切られたの、相当お辛いようですねぇ」
「うるせぇ、うるせぇんだよ…何で俺ばっかり、俺ばかり俺ばかり俺ばかり俺ばかり、」

頭を掻き毟りながらブツブツ呟いている哀れな人間の姿を前に、加納は包みから握り飯を取り出しムシャムシャ食べた。

「まぁ伊東先生殺しはお前が主犯ですから、斬首刑は仕方ありません。…ああこの赤飯は塩が効いてないし小豆も硬い。ああこれは阿部さんに作ってもらうべきだったな、あんまりおいしくない」
「俺は主犯じゃねぇ!あいつを殺れっつったのは上だよ上!殺れば進席してやるって言われたから喜んで仕事するだろうが普通は!公務に決まってんだろ!四人で殺ったんだから俺だけこんな事になるっておかしいだろ…俺だけ俺だけ俺だけ、俺ばかりおかしいだろ…」
「伊東先生殺しの犯人、近藤直門の弟子はお前しか生きてなかったんですから、こうなることは仕方ないでしょう」

彼は人斬りの目ではなかったし、狂人のようになっていた。人はこんなにもおかしくなると知っていながら、加納は恐れを抱くこともなかった。

「一番隊組長さん譲りですね、その哀れさ。何のために生まれてきたんだろうって思いませんか?家督も継がせてもらえない、人しか斬れない、最期は一人でさようなら」

鉄格子がガシャンガシャンと大きな音を立て、揺れた。殺される直前の心境は分からなくもないが、理解は出来ない。

「黙れ黙れ黙れ!お前に何がわかる!殺してやる!なぁ俺本当に悪くねぇよ!なぁなぁ!俺、ただ命令に従っただけだろ、悪くないだろ、俺だけこんなことってないだろ!進席のためだよ、悪くねぇ…俺は悪くない悪くない悪くないだろう、悪くないだろう、死にたくねぇよ」

加納は握り飯をムシャムシャ食べ続けた。腰を下ろしたまま、かつて人斬りと云われた哀れな男を見つめ、心を撫で下ろす。暗い座敷牢を前に、心はとても晴れやかであった。



「“人斬り鍬次郎”さん、俺の顔に唾さえ吐けませんねぇ」



end











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