夏場の傷は、癒えるまで随分と長くかかるものだ。死体が腐るのは早いくせに、どうにもこればかりは調子が悪い。
あの時は痛みも何も感じなかったが、今になると木刀も強く握りこめない程の酷痛が奔る。それでもお構いなしに素振りをしたせいか、左手の指先は震えていた。

「傷、開いちまったかな」

白い包帯にじわりと血が滲んできている。
傷口が脈を打つ。心臓と同じ高さに掌を持ってくると、鼓動が反響しているようにも感じた。呼名さえすれば、心も跳ねてしまうのだろうか、



床が撓る、開けた木戸が揺れる。
道場の外へと敷居を跨ぐと、其処には無表情な青年が座っていた。

「早朝から稽古ですか、」

青年は永倉を見上げ、更に無表情な顔で聞いてくる。永倉はハッとし、包帯が巻かれた左手を後ろへ隠した。まるで、子どもの仕草のようだと気付いてしまう。

「“傷が開くから、しばらく稽古は謹んで下さい”なんて言わないので大丈夫ですよ」
「…すげぇ助かる」
「だって、永倉さんの事好きじゃないから…どうでもいい」
「ンだよそれ、」
「…永倉さんの事、とても心配している平助なら言うと思います。生憎、平助は療養中で屯所にいませんけど…会いに行ってあげたらどうですか」
「あいつから毎日謝られンだよなァ、反対に心がイテェっつうか…」
「……毎日…、お見舞いご苦労様です」

陽に雲がかかったせいか、日影と日向の区別もつかないまま。そのような申し分を、永倉は表現する事が出来なかった。

「平助が一に会いたいって言ってたぜ、あんまり会いに行ってあげてねぇのな、おまえ」
「…一度だけ、行った。」
「もっと行ってやれよ、あいつ寂しそうにしてるからさ」
「永倉さんが毎日行ってるから。行かない。」
「いやいや、俺とお前じゃ比べてもしょうがないだろ、平助はお前のことが一番大切な友人だと思ってんだから」
「……池田屋で、命懸けで平助を助けた永倉さんと、助けられた側の平助の方が一番大切な人同士だと思うけど……違うの?」

左手の包帯が解けて行く。静かに、緩くなって。
落ちた包帯の端を握る斎藤の影と、交わる。いつの間にか出てきた陽が、辺りを照らしていた。浸水と染みるのは別物、余裕すら惜しい現実に喉が鳴る。


「この傷見れば、自分が平助を助けたんだって一生思い出すんでしょう?」


傷口に風が沁みる。



「だったら、もっと…左手首ごと斬りおとされておけばよかったのに」
「…おまえ、何言って…」
「永倉さんはいつだって守ってくれませんよね、私を」

傷口の痛みではない何かが、頭の中を支配していた。思考停止したように、考えているのは何処であるのか、何であるのかが分からない。
どうすれば良いのか、考えるのも追い付かない。

去って行こうとする斎藤を咄嗟に止めたせいか、踏み込んだ左足は砂だらけである。


「逃げんな、」
「離してくださいませんか」
「離すか、あほ」
「…永倉さんの左手首が斬りおとされて無くなるより、自分の左手首が無い方が都合良かったのかもしれませんね、そうすれば今、永倉さんはこの左手首なんて掴んでいなかった」
「いい加減なこと言うのやめろよ、はじめ」
「……言いたいのはそういうことじゃなかったのに…。」

肉と肉を縫合した糸が、プツンと切れてしまったのか、傷口はでたらめに下品に大きく開き、親指がぶら下がっていた。
(あいつ、思いっきり傷口握っていきやがって)
汚れた包帯を巻くと、指先は青白い。本当に好きな人に接する程度が、分からない。



「俺だって言いてぇのはそういうことじゃねぇんだよ…。」


考えるのはいつだって狂おしく、発言は偽である。
苦しむのは心(あたま)


end











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