麁茶を卒爾ながら御免なれと、決して申さず献じまするによりて、仮初ながらも十一日越しへ矢傷を受たり誰そ彼に。打擲為すれば、露払が臻って身罷るばかり。
御覧じよ、死する事、彼岸に喰われぬ百年目。尤も是を言わざると記憶せり。




「許されないです、そんなこと…。」

広がるのは硝煙、匂うのは花と何か、であった。渇いて掠れてしまった声で、必死に何を叫べば良かったのか。何を叫べば自身が敬う御方は自身と一緒に、横を歩んでくれたのか。今更考えても其れは砂埃の中へ放り込まれたような、わけの分からぬ思考にしか成り下がらなかった。それは良くない、しかしそれで良い。
黒い着物袖を一生懸命に引っ張って、自身の指先は可哀想であった。得られないものを得ようとする心も、可哀想であった。


「逃げる…おつもりですか、」
「お前の耳は笊耳か。」
「だって…っ、先生……」

胸臆は開かぬ。
呼吸することも早い、目の前が暗くならぬのは何時にも無く遅い。

「別れるのは嫌です…!」
「銀之助、お前は最期まで我儘なんだな。呆れて物も言えない…」
「斎藤先生は新撰組を捨てるんですね…?僕たちを捨てて…、一人だけ逃げて……なんで、どうして?そこに意味はあるのですか…?」
「会津を放ってはおけない。俺は会津と共に戦って死ぬ、それだけだと言ったろう」
「先生は何もわかってない…!会津は…義なんか通していない!あれは…ただの頑固者の集まりでしょう!くだらない意地を張っているだけだ…!みんな無駄死にばかりして…あいつらはそれを義だと偉そうに言い張って…それを上手く利用して嘘の義に殉じて逃げる斎藤先生なんか…武士でもなんでもないよ!」
「………。」

悠々自適に鷲が真上を飛んで行った。
儚さを奏でるわけもなく、哀しさを謳うわけでもなく散散と。目の奥に君、目の裏側に自分自身。はて、見る者は誰ぞ?

「斎藤先生はこんなとこで死んじゃだめだ!新撰組と一緒に死ぬんです…!新撰組と共に死ななきゃいけないです…!」

陰をつくりぬ荒涼の夕くもり。九天を仰ぐ是紅天。融かしたる白い靄へ裂るが如し。白襲、尽きぬ雪けぶり。


「銀之助、愛しい人を亡くした事はあるか?」
「…愛しい、ひと?」
「愛しい人を手放す悲しさ、忘れられぬ悲しさ、又、生きている愛しき人と死んだ愛しき人への想い、選んだことによる自身への軋轢。」
「そのくらい…わかります…。現に、今僕は…斎藤先生を…、」
「なぁ銀之助、もう俺は疲れたんだ」





「もうさよならだよ、銀之助。」

笑いもしなかった彼の顔が色濃く脳天の真ん中に在って、
頭を撫でて笑ってくれた遠い昔の彼の綺麗な笑顔は、もう僕の記憶にない。

end











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