「ふふ、また此処の柄糸だけ、摩耗してますね」


くすりと笑い、鬼と呼ばれる男の愛刀を、愛でるように撫でた。
横目でちらりと見やれば、不服そうな顔が斎藤をやんわり睨む。やけに、子ども染みた癖を垣間見ようとは、



「刀の握り方が可笑しいとでも言って、お前は笑いてぇのか」
「“歳三さんの我流握り”」
「そっちの方が都合いいんだよ、何かと」
「親指と人差し指に力を入れなくったって、人は斬れますよ?」
「うるせぇな…もう刀の話はいいだろう、俺に構えよ」

人懐っこい猫のように、土方は斎藤の頭に頬ずりをした。
長い黒髪が斎藤の白い背中に黒龍を描く。見事なまでの描画と広がる白夜に、息を呑んでしまった。

「土方さん、くすぐったいです」

身を固くする斎藤の耳朶を甘噛みしながら、土方は悪戯に嗤う。
ゆっくりと背筋を辿り、腰から横腹へ指を滑らせると、斎藤の腰は容易に浮き上がった。其処へ手を差し入れると、生暖かい腹を侵食するように体温を絡ませる。斎藤の肩が、小さく震えた。

「感じてンのか、」
「土方さんの手が…、いやらしいだけ…。」
「じゃあさっきした事はどうなんだよ?」
「……もっと、いやらしいです」

顔さえ見えなかったが、触れている肌から伝わる熱から考えると、どうもこれは確実に赤面してしまっている。そうに違いないと確信した土方は、斎藤を優しく抱きしめた。

「こうやって、ずっとずっと…」
「ずっと…?」
「いや、なんでもねぇ」

黙り込んでしまった其の目は、何処か所在無さ気に遠くを見ている気がした。繋いでいる手からは、感情さえ伝わってこない。何かを伝えようと指は動けど、舌は動かぬ。項に触れる土方の吐息が、愛しくて堪らない。

斎藤はふと何かを思い出したように、布団の外へ脱ぎ捨てた自身の着物へと手を伸ばした。愛しい者の身体が離れると、土方は斎藤の身体を引き寄せる。そのせいで幾度も着物を掴み損ねてしまったが、それはそれで御愛嬌。じゃれ合いながら手探るうちに、着物の袖口からは探し物がするりと落ちた。

「これは…?」
「小柄ですよ」
「それは見りゃ分かるが…」
「梅の絵柄に、もっと派手な装飾を施してもらいたかったのですが、土方さんの兼定には似合わないと思って…暗めの色にしてもらいました。もらって頂けますか…?」
「太刀用じゃねぇか、」
「“我流握りの歳三さん”、力を入れ過ぎて刀が折れた際は、これを投げて生き延びて下さいね」
「…無駄な心配すんじゃねぇ」
「土方さん、こういう玩具遊び得意だったでしょ。だから丁度いいと思って」
「お前、やっぱり俺のこと馬鹿にしてやがるな」

白い首筋に噛み付いてやろうと顔を近づけると、寝返りを打った斎藤に唇を吸われた。その行為に何を思ったのか、すぐに土方の胸板へと顔を埋める。

「口吸いだけで恥ずかしがってんじゃねぇよ、」
「だって、…歳三さん」
「さっきまで、これ以上にいっぱい恥ずかしい事しただろ」
「……歳三さんが構ってなんて、言うから…」
「なぁ、顔上げろよ」

頬を撫でられ、ゆっくりと舌を吸われる感覚が頭を燻らせた。土方の事しか考えられない程、心の中は其れで溢れている。いなくなってしまうことが、よく分からない。無くなってしまったら、どうなってしまうのかさえ理解できていなかった。この人と共に在るのだと、信じて疑いもしなかった。

「小柄、大切にするよ」
「……申し訳ありません、」
「何で謝るんだよ、お前が」
「一緒にずっと居たいと願ってしまって、申し訳ありません」

在るのは“偽”でも“疑”でもありはしないが、当然のことでは無い。いつかは消えてしまう。心が痛いと、涙が出るのは隣り合わせでもなんでもない。

「お前が言うなよ、俺だってお前とずっとずっと…」




呼名して、沈む。

「歳三さん、ぎゅっとして下さい」

儚さを消すのは此の両の手、
それ以外は、何も。


end











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