「何で?どうして?」

ふざけんな、と付け足し阿部は冷静に疑問符を並べた。
阿部の直球すぎる暴言を、いつもは柔らかく変化球で訳してくれる加納道之助も、今回ばかりは目の前の現状……否、惨状に口を閉じている。

部屋に並べられた四つの丸い桶。
深みがある、渋みがある、そして臭みがある。

その独特な雰囲気を放つ丸い桶たちの前に、一枚の置き手紙が存在した。
丁寧で品のある字からして、伊東が書いたものと思われる。嫌な予感しかしない置き手紙を拾い上げるなり、篠原が淡々と読みあげた。


「“みんなおはよう。桶を部屋に並べてごめんね。棺桶じゃないから安心してね。みんな周知の事とは思いますが、毛内君の趣味は漬け物作りです。毛内君曰く、今日はぬか漬けを掻き混ぜなければいけない日らしいのですが、新たな漬け物の材料を私と買いに出かけるため、ぬか漬けを混ぜることが出来ません。そこで、留守番組のみなさん、毛内君と私が帰宅するまで、目の前のぬか漬けを混ぜておいてくれませんか?お願いします…”……。」


読み上げた手紙を片手に、篠原は背筋を正した。
篠原の背後には、留守番組の殺気溢れる阿部、意気消沈している加納、無表情の服部と困り顔の斎藤がいる。
───以上の計五人。…対する桶は、四つ。

「どうしようか…?」

篠原の呼びかけに阿部はそっぽを向いた。

「第一、俺はぬか漬けの匂いが大っ嫌いです。俺はしません。別にこれは伊東先生のお願いを拒否しているわけではないですよ?どうせその手紙の内容も全部、毛内さんのやらせでしょ?それを伊東先生がそのまま代筆したんですよ。よってその手紙の内容は毛内さんの脳内お願いと言っても宜しいです、つーか絶対そうです。帰ってきたら毛内さんの顔にぬかを塗りまくって窒息させてやります」
「……阿部さん、毛内さん殺す気ですか…」
「道之助は毛内さんに甘いんだよ。仮に毛内さんを殺したとしても毛内さんはまたわいて出る」
「あんた毛内さんを何だと思ってんですか…!?」

阿部のぬか漬け嫌いは御陵衛士たちの中でも結構有名な話である。ぬか漬けがギッシリと詰まった桶を実際目の前にして、これだけ多弁になる阿部は珍しい。意地でもぬか漬けを回避しようとしている様子が伺える。…それを察してか、斎藤は襷で着物の袖をまとめると、スッとぬか漬けのフタを取った。
「私がぬか漬け四つ分、全て混ぜ混ぜ致します」
自ら犠牲を背負う覚悟で、女神のようにニッコリと微笑む姿が一段と眩しい。…が、ぬか漬けの中へ細く白い手を入れる手前、服部に止められた。

「斎藤君…、『混ぜ混ぜ致します』なんて…そんな性的で可愛い言葉、夕べの布団の中で言って欲しかったな」
「服部さん…」
「一緒にぬか漬け混ぜ混ぜしようか」
「はい…。」
「ほら、私の膝の上に座って?斎藤君の手は私が後ろから支えてるから大丈夫だよ」
「ちょっと待たんかいいいっ!ぬか漬けが大人の世界繰り広げちゃってるじゃないですか!!!」

突っ込みに忙しい加納道之助、彼は今日も元気である。

「とりあえず残りのぬか漬けの桶はあと三つだ。…仕方ない、毛内君にはいつもおいしい漬け物を作ってもらってるからね」

篠原は袖を捲り上げると、ぬか漬けの中へと手を突っ込んだ。
一見、常識人に見える篠原であるが…
「阿部君のぬか漬け嫌いは承知だけれど、ぬか漬けを混ぜる感覚は生き物の臓物を混ぜている感覚と似ているよ」
…やはり、少しズレているのであった。



「道之助も早くぬか漬けを混ぜた方がいい」
「…阿部さん…あれだけぬか漬け混ぜるの嫌がってたくせに…何でそんなにノリノリなんですか…」
「臓物を混ぜている感覚を味わっているから。」
「篠原さんっ!阿部さんに変な感覚を教えないでくださいよ!!!」
「いいじゃないか、捉え方は人それぞれだよ」
「…胡瓜や茄子じゃなくて、もっと人の頭部とか入っていたらいいのに…。」
「ははは、人間の漬け物か」
「あの…阿部さんやめて下さい。そして篠原さんも他人事っぽく笑うのやめてもらっていいですか、すごく他人事とは思えない感じなので恐ろしいです」
「すまないね加納君。でも、胡瓜や茄子だったら形からして人間の骨とかかな?」
「骨…より頭部がいい。道之助、頭貸してよ」
「骨より頭部がいい意味が理解できませんし頭は貸せません。貸したら俺完璧死にますよね」
「道之助の事は心が一生覚えてるから大丈夫…」
「死ねってか!」

反省の色さえない篠原と阿部を前に、加納の口からは溜息しか出ない。そして鼻から息を吸うとぬか漬けの香り…決して気分も良くはない…。

「漬け物だと認識して真面目に混ぜてるの俺と斎藤君たちだけじゃん…。」

ぼそりと呟き、ぬか漬けを何故か一緒に混ぜている斎藤と服部の方を見た加納であったが、後悔という言葉は富士山の頂から突如降ってきていた。
斎藤が、肩を震わせてぬか漬けを混ぜている。心なしか顔が、赤い。

「斎藤君…どうしたの?」

具合が悪いのかと心配を寄せる加納だが、服部の余裕の笑みからして加納は確信してしまったのである。……二人が、愛の世界に突入している真っ最中であるということを──。


「斎藤君、私のと似ている大きい胡瓜か茄子を見つけてごらん」
「……これ、は…?」
「斎藤君がお尻で感じる私のモノはこんなに小さい?」
「ん、もっと、おっきいですぅ……」
「間違えた斎藤君にはおしおきが必要だね」
「やっ…服部さん…」
「斎藤君の中を掻き混ぜてあげよう」
「ちょっと待たんかいいいいいいいい!そこ!そこいかんやろ!!」
「いいじゃないか道之助、べえと斎藤君は“らぶ”を満喫してるんだよ」
「篠原さんは黙らっしゃい!篠原さん入ってくるとめんどくさいことこの上ないわ!」
「道之助、臓物と色物がダメならお前はこれからどうやって生きていくの?俺はお前が心配だよ」
「阿部さんの心配ってなんなの!?そこは普通に生かせて頂きますよ!?」
「私も…普通にイキたいです…。」
「なんか意味が違う斎藤君!!君いつからそんなに淫乱になったの!!」
「斎藤君はもう普通にイケなくなっちゃったんだよね?ふふ…そうだ、この桶の中全部私のモノだって想像してごらん」
「全部服部さんの……服部さんのでいっぱい…。」
「そうだよ斎藤君、想像して恥ずかしがってる斎藤君可愛いね」
「やめてええええっ毛内さんのぬか漬けが卑猥になってるじゃないですかあああっ!」

いつにもなく加納が大声を上げる。それも致し方ない…何故ならこの場を制止することが出来る素晴らしきツッコミ役は、加納しかいないからだ。また、加納のツッコミ具合を更に燃え上げさせているのは篠原と阿部の最強無頓着組でもある。
彼らと一緒にいる以上、加納に平穏な日々は訪れない…。



「君たちすっごいぬか漬け臭いけど、どうしたの…?大丈夫?」

帰った伊東と毛内に心配されるほど、洗っても洗っても五人の手に染みついたぬか漬けの臭いは取れなかったそうな…。

「みんなそれぞれ思うことがあってですね、ぬか漬け混ぜまくってたんです…」
「半日も?」
「そうです…。…伊東先生助けて下さい…」
「?」

阿部・篠原組は臓物を想像し、服部・斎藤組はお色気まっしぐらにぬか漬けを混ぜていたなど、口が裂けても言えないと加納は思った。相変わらず、御陵衛士一の苦労人である。
しかし、裏舞台の事実とは裏腹に、皆が混ぜまくった毛内のぬか漬けはとてもおいしく出来上がったとか。

「阿部君ぬか漬け嫌いとか言ってるけど、やれば出来る子じゃん〜」

漬け物をポリポリ食べながら軽々しい言葉を放つ毛内の頭上に、阿部は熱々の味噌汁を流したようだ。


「阿部君がひどいよ〜熱いよ〜道之助助けてよぉ〜」
「毛内さんもう俺に頼らないで!!もう来ないで!!俺の身にもなって!!」
「え〜道之助そんなこと言わないでぇ〜」
「ほら毛内さん、さっさとぬか漬けの中に頭突っ込んで下さいよ、おいしいおいしい毛内さん漬け物作ってあげますから」
「きゃ〜阿部君怖い怖い!でもおいしい漬け物になるならいっか!」
「よくねーよ!あんた阿部さんから殺される心配しなさいよ!阿部さんも毛内さん漬け物にしないでー!」
「あはは、道之助やっぱり助けてくれると思ったんだよね〜」


騒がしい中、これにて一件落着とは言わぬようであるが…、今日も加納の鋭い適確なツッコミは続く。
出来上がった漬け物を白米と一緒に食べながら、伊東は仲間たちを見て微笑ましいと感じた。

「おいしい漬け物になるなら毛内君も本望なんじゃないのかな。人間漬け物おいしいかもね」

そして御陵衛士率いる伊東も、果てしなく天然体質なのであった…。

end











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