「急に会いたくなっちゃったんだよ、ごめんね?賭けてみたくなった。これ、誰のものだったか、わかる?」

右てのひらで短刀が舞踊を踊るように、もしくはその舞踊を引き立たせる扇子のように、くるくると、それはそれは遅咲きの花の最期を惜しむかのような、──。

「息、切らしちゃってェ。そんなに俺のことが心配だった?好き、なの?」

右てのひらでなくとも、殺せてしまう花には何も必要はないと枯れてしまった花は言う。果たしてそれは嘘なのか偽りなのか、行方は腐敗する。


「殺されるとか思っちゃった?」


佐々木は黒い雲の流れる黒い空へと短刀を投げると、見えない何かに手を差し伸べるよう腕を伸ばした。
掴みはしない、決して。悔やむように右の中指と薬指の間を裂き、底の見えぬ黒い水の川へと落ちてしまった。白い鯉の脳天を刺し、白い鯉は力無く浮遊する。

ぐるり、刺さった短刀の重みで鯉は腹を向けた。
(腹は、赤い。尻尾は、動いている。)

「斎藤君、震えてる?」
「…震えてなんか、ない…。」
「手、握りたいな」
「……こんなこと、意味なんかないのに」
「それはどうだろう」

眼球が、月などの光も浴びていないくせに、それは化け狐のように赤黒く光っている。先程の白い鯉を喰らい尽くすのも化身ならば、然らば、

「楽しんでるの…?」
「うん、斎藤君が俺を必死に求める姿、見たいと思って。」
「…求めないし、あんたなんか…もうどうでもいい、と、何度も…」
「朝には凍え死んじゃってるかな、いや、野犬に食われてるかも。どっちかなぁ?」

白い刀の下げ緒は、器用に橋の欄干と斎藤の両手首を捕らえている。

「佐々木さん、……痛い」
「よく考えてごらんよ、自分が今どうするべきか」
「…どうしてこんなこと、するの…?」
「じゃあね、斎藤君」

去るべきものに焦燥感はない。追われるものにも無かった筈だが、追うものがどうしたものか何かを抱いている。
抱きながらも捨てようとはしなかった。

変わり果てていく指先に、痺れる感覚などはない。外そうとすればするほど、白い下げ緒は二度と逃してはくれなかった。剥離した皮膚より流れ出る血が、下げ緒を朱に染める。
(息が苦しい、頭が痛い、胸が痛い。こんなの、あの時と一緒。去っていくあの人の背中を見るのは、嫌。巡ってくる想いを上手く吐き出せない、助けて)


「佐々木さん、行かないで──…もう、置いて行かないで…」


男は、立ち止まり、笑ったような気さえした。
(ああ、支配されている。)
捕われているのは両手首だけではない。過去に囚われてしまった心が泣き叫ぶ。死んだフリをしていた白い鯉が、奇妙な水音を立ててバチャバチャと泳ぎ出す。
奥底が見えぬのは何も知らぬことでは非ず、熔解する畏れを刻む黒をいう。




「"一君"、もう少し腰を上げてくれないと中に出せないよ」

生暖かい肉棒が、繰り返し自身の中をかき乱している。その行為の衝撃に、身体が何度も橋の欄干へと打ち付けられた。
斎藤の口端からは赤い血が垂れている。

「もっと奥、…もっと奥にさ、全部出しちゃってもいいよね?」


眼球が水底から見たものは歪み笑う男の顔、流してしまったものは想いか涙か、
よく分からない。















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