「物みたいな表情で何でも受け入れようとするのは、それは大きな間違いだ。君は、君らしく笑って拒み続ければいい。それとも、それすら出来なくなってしまったのかい?」





そう言って濡れた冷たい足先を舐められた。彼の舌は生暖かく、熔けるような感覚が中を支配する。
指先と唇が触れ、掬う水滴は淫らな音を掻き消した。



「雨が、酷いね」



夕立の小さな嵐に屈服した簾は、雨戸に何度も身体を打ち付けている。
薄暗い部屋の中から見る外は、妙に青暗い。何千本もの針を落とすように、折れる如く跳ねている其れは、稲光を浴びて死んでいた。
閉まってはいない障子の間、床に達してはいない簾の隙間、から見えるは、水だらけの濡れた縁側だけである。
赤板の廊下には横流れした雨が、更に漆黒のシミを作っていた。




「服部さん…だめ……、誰か来ちゃう…から、…こんなこと、だめ、…離して……」

震える声で男の肩にしがみつき、必死に訴え続けるが、吐息を漏らしては本能を揺らめかせてしまっている。
自覚しているのか無意識なのか、男は斎藤の首筋を優しく咬んだ。

「ん、なァに?雨音でよく聞こえないよ」

悪戯に笑って誤魔化したふりをする。そして平然と斎藤を膝上に乗せたまま、決して手離そうとはしない。

「誰か…っ、来ちゃう…」
「ふふ、本当に誰か来ちゃうかもね?でも、拒まれるのは嬉しいよ」

下唇を吸い上げると、服部は長い指で斎藤の中をゆっくりと掻き混ぜた。その快感に爪先が呼応し、痙攣するように伸びきっている。

「人間らしく首を横に振って拒むなんてこと、以前の君には出来なかったのに…」
「……んっ」
「私とこういうことをするようになってから?」
「わかんな…い…」
「前にも言ったの、覚えてる?…あれから君は、副長さんの言い付けを大人しく拒めるようになったのかい?」

頑なに斎藤は首を横に振った。泣いてるような気さえする。

「どうしたの…?」
「服部さん、今も…私の顔、物みたいな無表情に、なってる…?」
「…なってないよ。」
「本当、に?」

不安気に見つめ返してくる斎藤の頬を撫でると、伝わるのは霧氷のような冷たさであった。

「拒む事が…、分からなくなりました…どれが本当の自分なのか…。土方さんの言い付けは…絶対だから…拒めないんです…。でも、嫌じゃないのに…貴方の言い付けは拒んだり……。嫌なんかじゃ…ないのに」


動悸が押し寄せてくる。


「…ねぇ、服部さん、…助けて…」


焦燥感や憎しみに囚われながらも斎藤の着流しを捲り上げると、服部は見せつけるように厭らしく斎藤の中へと指を挿れる。
互いに密着する身体が熱くて堪らない。

「私は君を物みたいには扱わないよ。拒まれることすら愛狂しいから。お前なんかに渡さない、何も知らない見てみぬふりをするお前なんかに、この子を手にする資格などありはしない。たとえお前に殺されたとしても、お前はこの子を一生手には入れられぬ。決して、決してね。そうしてお前はこの子の知らない所で死ぬのだろうよ」

雷鳴が響いている。
障子がガタンと揺れ、床板を踏み鳴らす足音は遠くへと消えて行った。

「服部さん、今誰とお話をしていたの…?誰か、居たの…?」
「"鬼"が恨めしそうに戸の隙間から覗いていたんだよ」
「…鬼…?」
「そう、哀れな鬼がね」
「戸…開いてたの?誰か…見てた…?」
「嘘、誰も見ていないよ。ほら、戸も綺麗に閉まっているだろう?」

蒼白い畳の上へ仰向けに寝かされると、天井にも障子にも何もかも、ぎょろりとした目玉は此方を見てはいなかった。

「……戸、閉まってる……。」
「ね、斎藤君と私だけだよ。何も怖くないだろう?だから、泣かないで」
「……ん」
「泣かなくていいよ、斎藤君。」

背中に手を伸ばして必死に喘ぐ姿まで見て行けば良かったものを――、然らば、愛咬の印を見て鬼は嘆くのだろうか?
(面白いなァ)



(君を愛し尽くしている副長さんが、ついさっきまで此の部屋の様子を戸の隙間から見てたって言ったら、君はどんな顔をするのだろうか?今より赤い顔をする?どうする?泣いちゃう?)

「壊れちゃう、」

(呟く君の身体を抱きながら、奪うとはこういう事だと実感した。悪くはない、良い気分だけが底に在る。そう、手離しはしない。君を人間にしたのは自分であった筈だ。)


「壊れてごらん、大好きだよ、斎藤君。」


(離さないで、そう耳元で聞こえた弱い声に、自分自身は自惚れても許されるだろうか?)


end











×