なかった筈の死骸が曇り空の下に転がっていて、あった筈の死骸が無くなっている。何処へ消えたのかと考えるだけ一人前に考えてみるのだが、探すなんていう気は一切何処にもない。 無くなってくれれば其れは其れで随分と良い。が、経過となる消える過程を不思議に見つめたくなるものだ。溜め息は出ない。 「ねぇ、何してるの?」 道場裏から顔をひょっこり覗かせ、沖田は人懐っこく笑いながら平助の肩に触れた。 初夏を思わせるわけでもない風が、そよそよと名も知らぬ枝葉を泳がせている。 「…ほら、これ」 指を差す真下には、死骸に群れる無数の蟻が蠢いていた。 「ずっと見てたの?」 「うん、」 「何の死骸かなぁ」 「沖田さんは何の死骸だと思う?」 「何だろう、よく分かんないや。」 足元へ蟻が歩いて来たが、立ち止まり再び死骸の方へと戻って行った。食しているのか解しているのか、蠢きは殺伐としている。 「蟻って何でも食べちゃうんだね。この死骸は全部食べられて幸福者だね。平助もそう思わない?」 「…食べられるのは痛そう」 「死んでるじゃん」 「死んでる、けど、」 謂われぬ感情に蟻が嘲笑した。 死んだ時に終わりなのか、綺麗に食べられて存在が消えることが終わりなのか、考えれば考えるほど解らなくなっていく。頭が痛くなって、耳鳴りがした。しかし平助には其れをどうすることも出来なかった。蟻の蠢きが無くなっていく、死骸はとっくの昔に亡くなっている。 「平助が死んだら私が蟻みたいに平助を綺麗に食べてあげるよ」 蟻のいなくなった足元に転がっていたのは、爪であった。 end ← ×
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