黒の中を照らしてあげましょうと臘月が浮いている。それだけではない。夜だというのに五色、七色に留まらない色採を放ちながら街全体が踊っている。この39階の高層マンションから見える夜景は、常に玻璃色が足元に撒かれてあるようだ。
外の凛とした寒い空気に同化もせず、バルコニーのハンドレールに両肘を付き、悴んでもいない指先をするする一本ずつ折りながら楽しそうに一は隣を見つめた。


「優しいし、美味しいご飯作ってくれるし、いつも気にかけてくれるし、帰りが遅い時は迎えに来てくれるし、頭がいいし、仕事出来るし、かっこいいし、それに色々上手…、綺麗好きだし、ちょっと嫉妬深くて意地悪なところも大好き」


もう自分の指が十本折られ無くなってしまった。今度は佐々木の手を持ち上げ自分の顔の前に持ってくると、佐々木の長い指を折りながら好きな所をさらさらと言っていく。自身の在る指を折り返していけばいいのに、どうして自分の手までをにぎにぎとしてくるのか、どうしてそんなに可愛いことが平然と出来るのかと佐々木は大きな溜め息を溢れさせた。そしてその心臓が持たない言葉遊びを阻止するように一の手首を掴んだのだった。

「もう言わないでいいから、恥ずかしい…」
「佐々木さんが大好きなとこ言えって言ったんでしょ」
「いや言ったけどさ、……まだあるの?」
「まだあるよ」

もういいよ、と照れ臭そうに困ったような顔をして、手首を握ったまま言葉遊びをしていた口に、手に、生温かい舌を這わせた。舌先がすぐに冷たくなる程、身体は十分冷え切っているのに、一は帰って来て早々雪を見たいとバルコニーの外に出た。この季節、別に雪が珍しいわけでもないのに、何をそんなに嬉しそうに、と佐々木は思いながらも一の隣で霞んだ景色を横目に見た。

「身体、冷えてる」
「こんな雪降ってるのに、佐々木さんが傘も持たず迎えに来るから…」
「途中コンビニで傘買ったろーが」
「佐々木さんいっつもそれ、玄関に何本コンビニのビニール傘あるか知ってる?家から持って来れば買わなくて済むのに」
「いやいや、一君だって何回も傘忘れた事あんじゃん。梅雨の日とか毎朝なんで傘忘れンの?ってぐらい忘れてさ、俺何回駅まで迎え行ったよ」
「傘忘れるぐらい学生は大変なの。佐々木さんは傘忘れるんじゃなくて持って行かないんだもん」
「傘持ってたら何処かに必ず忘れてくンだよ、置いてきぼりにされた傘が可哀想だろが、そんな思いをするぐらいなら持って行きたくねェだろが」

へんてこな理由だった。
(そのへんてこな理由を笑ってくれる。笑った顔が優しい。迎えに行って待ってると、改札口を出る前から俺をきょろきょろ不安そうに探してさ、そんでやっと俺を見つけた時の顔が本当に可愛いから、俺はその顔見たさに早く迎えに行きたくて、だから傘なんかどうでもいいンだよなァ…本当は、)
繋いだ手を握り込むと、その佐々木の手を撫でるように一は手を重ねた。

「佐々木さん、肩に雪が積もってるよ」
「一君こそ、髪の毛に雪がついてる」
「雪ってね、六つの花って言うんだって、」
「へえ、物知りじゃん。…花、ねェ…、似合ってるよ、白い小さな花、髪飾りみたい。綺麗だよ一君」

髪の毛に触れると白い花はすぐに溶けてしまったが、目を合わそうとしてくれなくなった青年は黙ったまま口を閉じてしまった。恥ずかしかったのか、耳と頬がほんのり赤い。
自ら触れてきた癖に、その先を知ろうとしないから無理矢理にでも佐々木は教えたくなる。両手首を握り身体を引き寄せると、大きな腕からはもう逃れられない。逃しはしない。無防備な首筋に噛み付けば、ぎゅうと震えながら腕を握ってくる。

「触れてきたり嫌がらないってことはそういうことなんだって思ってるんだけど、どうかな」
「意地悪、」
「意地悪なとこも好きって言ってくれたじゃん。あれ嘘だったの?」
「……ううん、傘忘れちゃうのが嘘。佐々木さんに迎えに来てもらいたいから、わざと忘れて学校に行くの」

ごめんなさい、と謝らなくても良い事を律儀に謝って心臓を抉るような事を平気で言って、それでいて弱々しく自信が無さそうに気持ちを述べて、本当に分かっていないと思うのだ。何度も大丈夫だと言ってあげたい、君に自信がつくまでずっと耳元で大好きだよと。

「嘘吐いたこと、怒った?」
「怒るわけない。けど、一君の嘘の吐き方は狡い」

頭を押さえつけながら腰を撫でながら、口の中を舌と唾液で埋め尽くしてやろうと思った。顔を傾け、動揺している動きの悪い舌を押したり舐めたり吸ったりして絡めると、唾液は糸を引きながら口の奥へと流れて行く。それを苦しそうに喉を鳴らして飲み込んだり肩を必死に掴んで来たりする君の行為が嗚呼愛しいと自覚する。
眉を顰めて目の色をころころと変えて、そんな風な表情を君は俺の知らない所で知らない人に簡単に見せるのだろうか、それとも愛しい想い人にしかしないのだろうか、その愛しい想い人とは自分自身の事なのだと知っているからこそ確信しているからこそ昂ぶるのだ。
(君の初めては全て俺であって俺以外に君の初めては存在しないンだろうなァ、なんて無知で素敵なことなんだろう)

「もう雪見るのはおしまい、寒ィから部屋に戻ろっか」
「お風呂沸いたかな?」
「風呂入ってから飯にするかァ」

いつも冷たいようで温かい佐々木の手はやはり大きくて温かい。これは立ち止まって是非とも言っておかなければいけない気がする。この手が必要です、欲しいです、温かい手ですね、と。風呂の中でも夕食の途中でもベッドの中でも伝えるのはいつでも良かったのに、是非とも今言いたい。それを言うと佐々木は本日二度目の照れ臭そうに困ったような顔をして有難うと言ったのだった。

「あのさ、ちょっと風呂入る前にソファで一回啼かせていいかな。それと、今日はもうそういう事だから。一君明日からガッコ休みだし、いいよね。あ、拒否権とかねェから」

それから次の日の昼ぐらいまで外を見る余裕なんて与えてもらえなかったのだが、佐々木は眠る一の頭を撫でながら雪を花と云っていた話を思い出し、そうだよなぁと勝手に納得していた。
(だって白い花、似合ってた、きっと白無垢も似合うんだろうなァ。狐の嫁入りでもいいから、たくさんの怪火引き連れて俺の元においでおいで、)


瑠璃色に輝く目の中には玻璃色が散りばめられていて何だこれは極楽浄土の宮殿じゃないか地獄の景色とは全く違うじゃないかって閻魔が言おうと引き渡さないし此の子の目は見せてあげない此の青年だけは大切な想い人なので手首を切られようが首を切られようが噛み付いて離さない二度と手放すわけがない。


end











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