懐中時計の心臓と自身の心臓の相違がある。どちら共なく追い追われるうちに意識を手放している。何とも言えぬ。
広い和室に置かれた西洋の大きな寝床に身を沈め、開け放たれた障子の単なる佇まいを横目に、広大な縁側をぼんやり頭に描く。並んだ新緑が太陽を浴びて、煌々しい情景が室内に屈曲し、部屋中を青緑色に照らしていた。真横に伸びる廊下の黒板にも反射した其れは、まるで生き写しの花池と為る。しかし眼色は漆黒と銀色が近々と混在していた。

(眩しい、)

するすると熔けゆくように身体を伏せると、此のふわふわとした柔らかい寝台は少しも揺れはしなかった。倒れてしまった手は少しも沈まず目の前から動かない。夕べは沈んだ筈だ、もっともっと沈み、此の柔らかい寝台も酷く揺れた筈だ。無意識に中指の爪を噛んだ。
噛み終わる頃にはいつもの大股の足音が、遠い廊下から此方へと近付いている。ギシリと寝台が哭く。軍服の男が腰掛けていた。

「いま戻った」

項に咬み付き、投げ出された足に触れる。触れたまま愛でるように撫で、知り尽くした指先を深い所まで埋める。芋虫のように比喩し、器用に蠢かせると、右足の指がきゅう、と縮こまった。

「まだ真昼、です」
「起きんおはんが悪い。おいの寝間着ば羽織ったまま…、夕べのまま」
「心地が良かったのです」

この男の笑った顔が好きだ。自身の爪痕が残る大きな背中も好きだ。自身の噛み付いた歯形が青黒く残る鎖骨も、厚みのある胸も。仏蘭西の香の匂いがふんわり漂う身体も全て。

「お暑いでしょう、洋装は」

固い釦を一個ずつ外し、急いているのは指先を操る目先か飲んだ生唾かと頭に聞く。聞いた言葉が出て来ない。既に奥深く呑み込まれている。

「膝上に来い。もっと、近くに」
「貴方様の洋袴が濡れてしまいます…」
「構わん、どうせ互いに濡れる」

手を握られ、手を引かれた時の事を思い出した。それも、初めて出逢った頃の、懐かしき頃の。今は腕を掴まれ腰を引かれている。奥に触れる事を赦している。こんなにも優しい目で見つめられると、群青色の体内から花が幾千も溢れ落ちて死ぬる。

「若松城の受け取りに行って、おはんを必死に探して良かった…、おはんが生きとって良かった」
「生き永らえてしまいました、無様ですねぇ」
「会津が恋しいか」
「いいえ、貴方様がいらっしゃれば十分です」

はだけた胸元に頬を当て、するりと背中へ手を伸ばすと、冷えた汗がじっとりと生温かい肌を蹂躙していた。無意識に襯衣を鷲掴みにして捲り上げ、どくどくと鼓動を打つ太い首に舌を這わせる。

「良い匂いがします、利秋さま…。」
「そうか」
「利秋さまの汗が好きです」
「おいも…、おはんの匂いと汗が好きだ」

沈みながら喰われている。愛しく喰ってくれる。
(有難うって、利秋さまの頭を優しく撫でたい。ゆっくり、撫でたい。この行為が終わってもう一度膝上に乗せられた時、撫でたい。ああ、でも、膝上でも酷く揺さぶられるから、余裕が、な、い、)

「おはんが好きだ、──。」

揺れる寝台から重い軍服がずるりと落ちた。
脱ぎ捨てた皺一つもない襯衣に凭れ掛かるのは、幸せそうな皺だらけの寝間着一衣のみである。


end











×