「あーッ!」

気付いた頃には既に遅く、平助の懐に深緑色の小さな袋は入っていなかった。
本人はと言えば、何処で落としたのだろうと嘆くばかりであったし、平助の横に立つ長身の無愛想な男といえば、不機嫌そうな顔をひっきりなしにしている。

「ど、どうしようハジメ!財布落としちゃった…!」

小人の焦りも虚しく、この男は全く動じない。むしろ早く屯所へ帰りたいと言わんばかりに、ズンズン前へ足を進めるのであった。

「待って待って!僕財布落としたんだよ!?」
「知ってる。さっきうるさい声で言ってたから」
「ね、骨董屋巡りに付き合ってあげたんだし…」
「ああ、アレはお前が勝手に着いてきただけだろう?」

素っ気ない態度に平助はむんずと斎藤の右腕を握り、意地でも逃がすまいと一人で奮闘する。斎藤はそれを振り払おうと、腕に力を込めた。
だが中々右腕の圧迫は取れず、道の砂利をズリズリ鳴らしながら両者共々踏ん張っている状態だ。

「…しつこい」

本当に鬱陶しい、ボソリと斎藤は付け加えた。
この時期になると、うんざりする程にツバメが低空飛行をしながら餌を探し、巣を作る。平助はそれ以上の奴だと彼は言う。

「お前いい加減にしないと斬るぞ」
「親友が困ってるのに親切差し置いて帰るとは一体どういう事!」
「友人差し置いて親友とは一体どういう事だ、俺とお前は友人でも何でもない」
「は!?ひどくない!?」

ギャーギャー喚いていると確実に夕日は沈んで来てしまっている。
道を往き来していた子供たちの姿はすっかり見当たらなくなっていた。そればかりか、少し肌寒い。寒いのが苦手な平助はというと、斎藤に引きずられながら屯所へとズリズリ大人しく向かっていた。

「一の意地悪。」
「意地悪もクソもない、諦める事も必要だ」
「探してくれたっていいじゃない!」
「…今夜巡回だから、ついでに見ておく」
「え、嘘、ごめん、寝なくてよかったの!?ごめん僕が財布どうとかって…」

財布ぐらい一人で探せば、斎藤を早く屯所に帰らせて休養が取れたのにと、何とも気持ちが晴れない平助である。
少しの罪悪感と共に、普段ぶっきらぼうな斎藤の優しい一面が見れたことに、嬉しさは増すばかり。

「有難うハジメ」
「…ところで、財布にはいくら入っていたんだ?」
「一文!」
「…………。」


斎藤は思い切り平助を川へ投げ込み、颯爽と一人屯所へと帰宅したのだった。

end











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