浅瀬を柩が渡っていく遠くゆく。流離譚を持ちつ鄙(ひな)へ向かう姿はあまりに美(は)しき由緒とうつる。瞑目の首寄せ合いは何処までも。辺りは誄歌(るいか)をうたう。

「先程上流から流した撫物が下流から上がって結局戻って来る。しかもたいそうにそれは風呂敷に包まれていて、提灯まで付いている、何故だろう」

首を傾げる服部の胸の中で僅かな温かさを斎藤は首筋に感じた。一隻の柩を目で追うと、終いには自身の横たわる一本の下肢が下駄を身に付けていない事に気付き、履いている足袋が黒だったのか白だったのか、ああ白だったのかと思考は連鎖して行くだけで何も得ない。

「いつぞやの昨夜もそうだった、撫物を上流から流すのに必ず下流から上がって来る。それもまた御丁寧に風呂敷と提灯が添えてある」

そればかりを言う服部の唇を斎藤は撫で、辿って服部の頬の輪郭を確かめてみる。そうすると唇を咬まれ、それから互いに舌を欲し、生温かい唾液が斎藤の頬の輪郭を確かめながら沫となり消える。舌先は指先のようで、唯一でもあった。

「こうやって斎藤君を殺すのは四度目かなぁ」

震えぬ声は耳元で優しく囁くが哀しい微笑であったと思われる。一度も殺された記憶は無いのに、彼は自身を幾度も殺したと申し訳なさそうに告げるものだから、きっと殺されたのだろうと信じることにする。感覚はもう無いが、服部は感覚はいかがだろうかと聞いてくる。足を喰らわれていて、足が無くなっていたとしても分からない、左足を上げてみると先程まで履いていた足袋はいつの間にか脱げ、もう既に遠くへと流されていた。さあ白い足袋だったか黒い足袋だったか。

「斎藤君、まだ温かい」
「私はもう冷たくなっていますよ、冷たい。もう帰りましょう、帰りましょう、ね」
「斎藤君の中はもっと温かいから、もう少し」
「嫌、あ、あ、冷たい、寒いよ服部さん、寒い、死んじゃう、寒い冷たい寒い、寒い」
「おかしいね、こんなに斎藤君の奥へ入っているのに」

鈴が鳴ってまた風呂敷と提灯が目の前へと戻ってくる。遠のく意識の中、斎藤は其れに手を伸ばすが其の手を握られた。帰りましょう、とうまくは言えなかった、とうとう沈んでしまったのだと考える。





「あれ、服部さん、流れてきた風呂敷、拾えたのですか、見送ったのですか」
「斎藤君、それなんのこと」

俯せになったまま聞くと、服部は首を傾げ、そのようなことは知らぬと言ったふうに斎藤の頭を撫でた。
夕べのことは鮮明で曖昧。寝惚け眼で斎藤は服部を思い浮かべながら、自身の薬指を咥えてみた。
温かい褥の頭元に手を付いた服部の腕も、自身の指先も青紫色に染まり肉は剥がれ骨が見え、腐れているようにも見えたが、まるでそんなことはないのである。
ずりゅずりゅと中に入って来る生温かい感触に、斎藤は堪らず声と腰を上げてしまった。

「お、奥、だめ、奥は」
「そうだねぇ、奥は駄目だよねぇ」
「服部さん、あったかい、奥、奥から、水が流れてくる、服部さん」
「斎藤君、川にでも浸かっていたの、足とても冷たいよ、斎藤君の中はとっても温かいけれど」

柩は辿り着けたのか、

「撫物がね、必ず風呂敷に包んであって必ず下流から戻って来るのだけど、斎藤君あれには手を伸ばして取ろうなどと思わない方がいい、腐って死んじゃうからね、そう提灯も柩の中のお人も言っていただろう。下流から上流へ流れてくる意図は分からないけれど、ああ斎藤君の中はやっぱり温かいねぇ」

問われる意図は人の枷。


end


藍青(らんじょう)











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