雀色の空である雀色時はあっという間に影を伸ばし寒さと静けさに包まれるというのに、一室の障子へ射し込む鶸色は美しく変貌を遂げている。

格子戸へ凭れかかるように項垂れる吉栄に、相生は幾度笑いかけても返事さえ頷きさえ視線さえ表情一つさえ、何一つ返っては来なかった。唯、澄んでいた吉栄の瞳は支子色ではなく鈍色にくすんでおり、空を飛ぶ椋鳥と呼応する。椋鳥はギュルギュル鳴いた。

今日なぁ、吉栄の大好きな桜餅買って来たんよ。お口いっぱいに桜餅ほおばって食べる吉栄見るのウチ好きやからなぁ、ついつい桜餅見かけたら買ってしまうんやぁ。相生はにこにこ微笑みながら話し始めるのだが、まるで吉栄はそんな話など耳を傾けようともしなかった。そんな話をする相生を、吉栄は煩わしいと思いながらも溜め息を吐き欠伸をする。どうでも良い話だと、くだらない話だと、お前の口から出るお前の声音すらも聞きたくはないのだと。
しかし、相生はこのような吉栄の心など決して分かる筈はなく、永遠に続く沈黙の意味さえ永遠に汲み取れない。

吉栄が微笑み続ける相生を睨み付けたのは、外の燈籠が軋みはじめてからである。

「ウチ、二人で出掛けたり二人でご飯食べ行ったりするの姐はんだけやし、姐はんもそんなんしてくれるのウチだけやと思っとった。ウチは姐はんの特別やし姐はんの一番やと思っとったのに、なんやの?今日姐はん他の天神と二人きりで仲良うご飯食べに出掛けて…。その天神に色々なもん買うたげて、なんや、ウチ姐はんに取って一番やないん?誰にでも優しいん?それやったらウチじゃなくてもよろしいってことやろ、ウチは姐はんだけなんに…。ウチとおる意味なんかないんやろ、腹立つ。なにが桜餅や、こんなんついでに買ってきただけやろ」

哀しい眼である。
膝を握る手に力が入り、鮮やかな着物は無数の皺が深く深く出来ている。吹き込んで来た風が鏡台に掛けてある布を揺らしたが、どれも冷たく指先は真白となる。

「姐はんのこと生涯大好きで大事にしたいって思っとったのに、姐はんはウチにこれっぽっちも、そないなこと思ってなかったんやねぇ」

相生は困った顔をするだけで、吉栄に掛けて良い言葉など、全く見つけられなかった。否定も肯定もしない答えを、吉栄は求めていない。

「結局、ウチが大事やって言うてくれへんのやね」

相生が出ていった部屋で吉栄は思い切り三味線の弦を引き千切った。最期の音色は苦しそうな呻き声に似合う柔らかい音色だったと、まるで好きな人との縁を切ったような鈍い音色だったと、それを外で聞いた椋鳥はギャアギャア喚く。


人の通りが多い往来に捨てると、ぐちゃぐちゃに何度も踏まれ、可愛い桜色は汚ならしい塊となるだろう、触りたくもない汚いものに。
吉栄は大好きな相生が買ってきてくれた大好きな桜餅を、窓辺から外へと捨てた。あっさり捨てられたことが、吉栄はおかしくて堪らなかった。

「ずっと独りぼっちでええわ、ウチにはそっちがお似合いなんやろ、どうせ」

end











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