打ち合いで割れた竹刀が不意に飛んで来て、腕に擦り傷を負ってしまった時に、久米部は眉を顰めながら斎藤の擦り傷を舐め、甘いと言った。
少しばかりの哀しさが込み上げ、久米部の前で涙を流した時にも、久米部は頬を伝う斎藤の涙を舐め、甘いと言った。
斎藤の口の中も甘いと言ったし、斎藤の白い首筋に顔を埋め、幸せそうに首筋を舐めながらも毎日甘いと言う。
しかし沖田が食べる甘い金平糖などは顔色一つ変えずガリガリジャリジャリ、ゴクンと石を噛み砕くように食べたし、島田の作る喉が焼けつくような汁粉を平然と久米部は飲み干すのだ。
斎藤は小首を傾げた。


「久米部、見廻りお勤め御苦労様。口端に血が付いているが、斬り合ったのか」
「あ、ええと、唇切れただけで…」

ゴシゴシと着物の袖で口端を拭き、久米部は屯所の暗い廊下の真ん中で斎藤に抱き付きやはり首筋を舐めた。着物の襟にはベットリと血が付いている。

「斎藤せんせぇ、甘くておいしい、食べたい」

久米部が言う食べたい、とは喰らうのか情事なのか。いつも情事の御誘い事ではあったが、もし喰らわれるとなれば些か不可思議な事になる、と斎藤は久米部の腕の中で考えた。

「疲れただろう、握り飯を握ったからお食べ。塩を入れすぎて少々塩辛いが…」
「ほんまや、しょっぱい。けど斎藤せんせぇが握った握り飯やから、しょっぱくてもおいしい」
「そう、良かった」

斎藤の握った握り飯は、甘い甘い砂糖が入っている。味覚があるように振る舞う久米部を、斎藤は可哀想であると感じた。感じれば感じるほど涙が零れて来たが、その一滴一滴を久米部はおいしそうに舐めるのである。
「なんで斎藤せんせぇしかおいしいと思わんのやろ、おかしいなぁ」
久米部は小さく呟き、斎藤を抱き締め直す。


何処ぞで何を喰らって来たのだろう、それでも満たされない彼はやはり可哀想だ。味覚が全て自分自身に向けられているのならば、味覚を全て自分自身で味わえているのならば、もういっそのこと自身を喰らってしまえば良いのに、彼はいつでも自身に優しく、情事中も身体中を舐めてばかりで噛み付く事さえしない。
(そんなのは、良くない。自身は満たされるのに彼は満たされないなんて。そんなこと、赦されても良いのだろうか、)

「いいよ、指一本ぐらい食べて。指一本ぐらい久米部にあげる」

彼は泣きながら、指一本を丁寧に舐めた。


end











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