大夕立とも送り梅雨ともいえる雨が、じっとりと足先を侵食していた。
かさねがさねわりの悪い目にあって、ばかばかしいぐらいだと土方は軒先の下に立ったまま、待ち惚けをしながら考えている。他人の不幸やしくじりを冷たく批評し、また自分が他から受けた損失について自嘲していうのは何と言ったか、何であっただろう、やはり考えることは心労、窮屈でもある。

「お迎え待ってるの?来た時みたいに籠で帰ればいいじゃない」

土方の隣で佐々木はくすりと笑った。
遊女が落として行った簪は、まるで紅のような色を魅せている。白粉がぬられた肌へ紅を差せども、如何せん曼珠沙華のようには行かぬが。どちらも儚いのは、踏めばどちらも音を出し折れ死ぬ事ぐらいだろうか。

「せっかく遊女に御酌させたのに、誰も相手にしないなんて頭どうかしてるよ」
「如何わしい茶屋で幕府の政の話をするお前が頭おかしいだけだろ」
「上の政の話、聞かせろって言ったのは土方君でしょ。だから女好きの土方君のために気を利かせてあげたのに。それとも、一君にお熱だから女なんかどうでも良くなったのかな?」
「もう一度空っぽの頭でよくよく考えてから物事を言ったらどうだ」

腕を組み、土方は険しい表情のまま品の無い言葉を吐き捨てた。
その吐き捨てられた言葉を窘めるよう、佐々木は飄々とした態度で受け止めている。踏んで折れた簪を蹴ると、薄暗い泥の中へと舞って逝った。その先を見つめているのかいないのか、佐々木は何も言わず靜と俯いているだけである。
彼は嗤いながら溜息を吐いた。

「一君、最近元気なの?」
「……。」
「それさえも教えてくれないなんて、」

伸びた爪が少しだけ疎ましいと感じた。

「土方君が言う空っぽの頭でよく考えた結果の物事なんだけど、土方君は理解しているようで理解していない。理解してると思っているのは大きな勘違い」
「…何の話だ。」
「お前の元に置かれているのは可哀想。お前は一番の理解者には決してなれないし、決してなることもない」
「何を、言いたい?」
「お前が一番気にしている事の答えだよ。何も知らない癖に理解したふりなんかすンなよ、理解し合ってるのは俺なんだからさァ」

わだちの跡の水たまりにいる鮒のように燈明の意を持つ。心にもない不一、不羇。霧に自身の影が映るとは一体誰が見下ろして言ったのか。




「やあ、一君」
「…土方さんは……?」
「一足違いで先に帰ったよ。残念、せっかくお迎えに来たのにね。一君も気を付けて帰るんだよ」

刺繍の入った着物袖は引っ張られたまま握り締められ、模様も泣くほどにぐしゃぐしゃだ。哀れで仕方がないのに、どうして振りほどけはしないのか。

「お迎えになんか来てない。土方さんは籠で帰ってくると仰ってたから。」
「じゃあ、ただの通りすがり?」
「佐々木さん、いつも番傘差さないで帰るの知ってるから。貴方のこと、理解してるから。」
「やだなぁ、聞いてたの」

傘の中を覗き込むと、やんわりと微笑む斎藤の顔があった。ちらりと傘を上げれば、自身を見つめる優しい佐々木の顔がある。
(いつ見ても綺麗な顔、)

「…番傘、君が差してるのしかないけど」
「理解し合ってるんでしょう?」
「一緒に帰ろっか」

二つの足跡に泥水が嬉々として跳ねる。
伸びた爪は、微笑ましい。


end











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