瞬きをしても冷たく息を吸っても冷たく足先も冷たく、息を吐くと死にたくなるような凍てつく曇り空の下、絶えている死骸は綺麗な死骸でもある。こういう死に方が良いと願ってしまったのは、やはり真紅に魅せられているからであろう。
棄てられていた遊女の死骸も魅せられていたのか、あれは魅入っていただけの話で、興味が沸いた話と此れとは、全くの別物かもしれない。頭が痛い。


「薄着で何処行くんだよ」

白い息を吐き、下駄をガラガラ鳴らして木戸を潜り抜けて来た永倉は、不安げな表情で斎藤を呼び止めた。小脇には麹塵色の羽織を抱えている。

「風邪引くぞ」

濃紺の上に麹塵が混ざり、ふんわりと永倉の匂いがした。
冬籠りのような恰好をさせておいて、当の本人は着流しのまま。足元を見ると足袋さえ履いていない有様だ。余程寒いのか、身を縮こまらせ腕を擦っている。肩は震えていた。
そんな永倉の顔を見つめていると、不思議そうに首を傾げ、何度か恥ずかしそうに目を逸らしたりしている。

「変な永倉さん、早く中へ戻ればいいのに」
「お前が動かねぇから俺も動けねぇんだろが」
「見送って下さるおつもりですか、」
「……ん、違ぇよ」

むすっとした表情を浮かべ、黙って腕を組む。何か言いたさげである永倉の方へ向き直ると、斎藤は困った表情を浮かべて顔を覗き込んだ。

「なに、」
「…お前を誘おうと思ってたんだよ、美味い酒が手に入ったから、一緒に呑もうと」
「ではお気持ちだけ。さようなら」

会釈をし、永倉の傍から離れようとすると、逃れられないように手を握られた。温かくもない手は力強く、火のようでもある。こういった具合に捕らえられてしまえば、それが好いた人であれば、一緒に死にたかった人であれば、殺されても良いと願えるのであろうか、と、棄てられていた遊女の死骸の代弁を行ってみる。が、気持ちは如何程も分からぬ。頭が割れそう。

「人を待たせるから、もう手を離して下さい」
「ああ、…すまん」
「…手、離して下さい」

あの時握られた手は温かかったのか冷たかったのか、紅かったのか。血の気のない死に顔は頬を染めていたのか真っ青だったのか。考え込まないよう目を瞑ってしまえば、もう幕引き。

「寒いからって人の身体で暖をとらないで…苦しい」
「お前が元気ないからだろ」
「…永倉さんから抱きしめられれば、誰でも元気になるわけじゃないよ」
「誰でも抱き締めねぇよ、お前だから…、その、」

口籠る永倉の吐息を耳に感じ、流れもしない鬱蒼とした雲を見上げた。
幾度幕を引いても情景が過ぎ去るわけでも消失するわけでもない。記憶が曖昧であるのは不気味である。あの時、どうしたのか思い出せない事が気持ち悪い。それよりも気持ちが悪いのは、素直に貴方が愛しいのかさえ分からなくなることであった。

「誰に会いに行くとか、聞かないんですね」
「それはお前のことだから、俺が聞いてどうこう出来るわけじゃねぇだろ」
「うん、でもね、」
「早く帰って来いよ、寒いから」
「……。」

傍にいて欲しい時に手離されることは、昔から慣れていると斎藤は自覚出来ている。空洞が壊されるわけではないが、自ら在るべきものを壊すことは慣れていた。嘘は良くない、しかし真実も良くない。求めたいもの、求めるべきものは何だったのか。







「待ちくたびれた」
「腹いせ、でしょう、酷く、揺さぶるの」

火鉢に掛けられた麹塵色の羽織が炭に触れて燃えていた。時折火の粉が上がる様を斎藤は横目で見ている。其れを見る度に、佐々木は斎藤の顔を無理矢理自身へと向かせた。

「こっちに集中しなきゃ、あんな羽織はどうでもいいから」
「火鉢に投げ入れるなんて思わなかった、火事にでもなったら、どうするの」
「まさか、」

斎藤の身体を抱き上げ、その白い首筋に佐々木は噛み付いた。

「さっきの一君の寝言、びっくりした」
「寝言、」
「紅い紅い手」
「んん、」
「一君覚えてないの、いつだったかな、棄てられてた遊女見たの」

脱ぎ捨てた黒い羽織を斎藤の肩に掛けると、そのままゆっくりと後ろへ寝かせた。優しく抱きしめてしまえばもう逃げられないのだが、逃げる素振りなど一切ないことに佐々木は遠い喪失感を味わっている。心に染みわたるような、冷たい血とは別物の、憎い己の中に在るべき物を睨みながら。

「手繋いで見たでしょ、血まみれの俺の手握りながら」
「…うそ、」
「一君が悪いんだよ、もうどうしようもなく一君のこと食べたくて食べたくてしょうがなかったんだから、だから、女の首かみちぎっちゃったんだからぁ」

頭の痛みは消えていた。

「でもこうして一君のこと食べられるようになったし、俺としては別に、今更どうってことないんだけど」
「嘘つくの、相変わらずうまいですね」
「嘘ついてないよ、一君」

何度も欲を吐きだした斎藤の中を何度も犯すことに、佐々木は悦を浮かべた。床に滴り落ちた其れを、黒い羽織がおいしそうに吸っている。

「寒いから此の羽織を着て帰るんだよ、さて、一君は麹塵色の羽織を無くしたこと、何と嘘をついて誤魔化すのかな」
「そんなの、今、考えきれないよ」


灰になれば何もかも分からないのだから。


end












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