物憂い表情を映したかと思えば、夏様が進んだ風にうつらうつら、斎藤はくすぐったいと言わんばかりの笑みを見せた。遠くで夏の音色が唄っている。此処は冥土でも無い。
何処からか手を伸ばして来たのか、古びた簾に蕣が巻き付き花を咲かせていた。これぞ花形、である。

外は眩しい光を放ち、陰色はひっそりと佇む。
肩に掛けた紺色の着物が、するすると斎藤の白い肌を舐めていった。その線と線の行方を、輪郭を、永倉は既に知っている。

「見て、川床」
「帰りに寄ってみるか」

眺めが良い一室であった。様変わりもしない夏が、すぐ其処に来ている。暗む事も無く、印象の不確かさを確実に眩ませながら明確に、情景を織り成していた。

「ちゃんと着物掛けとけよ、風つめてぇから」
「涼しいのに」
「汗かいた後は寒く感じるだろ」
「永倉さんも同じでしょ、裸」

俯きながら返事を弄られると、首筋についた歯型が永倉の欲を一層に駆り立てる。赤々と自身を主張し、すぐさま消える事も無い印が、永倉を幾度満足にさせた事か。

「永倉さん、今、空は何色?」
「あー…水浅葱色かな」
「違うよ、露草色」
「ばか、お前、あれは絶対水浅葱色だろうが」
「うん、そうです、そうですね、花浅葱色でした」
「だから違うって、」

水浅葱色でも無い花浅葱でも無い空を仰ぐように、斎藤は簾より項垂れた蕣を一花千切るなり、永倉の髪へと飾り立てる。此の男の表情を今紫が吸い取ってしまったかのように、ぽかんとしている永倉の顔を見て、斎藤は幸せそうに含み笑いをした。

「やっぱり可愛くないとか思ってンだろ」
「んん、御名答。」

口を曲げながらも、永倉は斎藤の手を優しく握ると、その一花を今度は斎藤の髪へと差した。風が吹き、古びた簾がかたんかたんと揺れている。一花もそれはそれは優しく揺れている。一室を覗く萬緑は、狂おしいほど眼前に広がり騒いでいる。

「こうやってみると綺麗なもんだな、一」
「そうですね、夏もあざやかで…綺麗ですね」
「いや、俺が言いたかったのはそっちじゃなくて、お前が」
「…っあ、ばか、離れて暑い、から…!」

静かに美しく奏でる風は変貌を待たない。

「永倉さんどうして戸、閉めるの。」
「空と風と蕣に見られンの恥ずかしいから」
「永倉さんの身体熱いね?」
「終わったら開けてやるからよ」

閉じ込められた中でも互いに良く見える感情が震えるほど。空の星を見て蕣は何を想うのかは知らぬが、決して分からぬわけでも無い。戻りたいと願った夜明けは、さて何を持つべきでしょうか。心だけで貴方はいっぱいいっぱいだと言いまするが?



「…永倉さん、帰り、川床で葛餅食べたい」
「豆粉と糖蜜も買ってやるよ」



end












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