美しい情景が眼を潰す様に、脳髄を燻らせた。
胸にも響かない其れは、確かにアタマをぶち抜くサマと似て非なる物。

「遠い遠い新撰組屯所からようこそ、」

粗雑に出された湯呑は、盆という座布団に座っておらず。斬首を待つ罪人のように、しおらしく永倉を見上げた。濁った翠色の中には眼があったと言うが。

「…理由は、」
「理由?なんの理由?」

へらっと笑って美麗なる鳳凰が描かれた襖へ身を重ねた。
分かってないとでも言うように分からないふりなどをしたカラスみたいに、佐々木は永倉の顔を見て微笑をつくる。

「言わねェでも分かって欲しかったなァ。だって、俺と君の仲でしょ、腐れ縁の」
「そういう言い回し、吐き気がします」
「じゃあ吐いちまえよ、栄治君」

ふかした煙管の煙が酷く纏わりついては浸み込んで行くザマだ。

「…お前も大人になったよね、犬みてぇにきゃんきゃん鳴かないし」
「……。」
「髪、伸びたね?」

煙管が畳を転がり、焼けた匂いの先に黒い爪痕を残した。

「触ンな──」

頭の中がぐらぐらする事は、とても良い事ではない。死ぬる前に見る光景を見る、そういった意味が映っている、這いながらの事。
畳の上に、元結が落ちた。


「あーあ、永倉君が取り乱すから、髪の毛ほどけちゃったよ」
「いい…、よこせ」
「髪の毛撫でただけなのに、そんなに嫌がるなんてひどいなあ」
「嫌がるの分かってしたクセに」
「今も髪の毛結べないの?結んでもらってるの?ね、俺が結んであげよっかァ?」


手を伸ばした佐々木の腕に、赤い一直線の文字が刻まれた。たらりたらりと血が垂れては、軒下の雨を待つ蛙のように、さあ。
小柄を握り締めた永倉の息は見事に正常でもある。

「見廻組の屋敷へ上がる時、刀預けた筈でしょう。何で小柄持ってンの、」
「それはあんたが一番知ってる筈だろ」

襖がガタリと一人で揺れた。
闇雲に手探って何も掴めなかった事を、永倉は知っている。空虚であったと、嘆いたのを知っている。

「ただね、永倉君とこうやって二人でお話をしようと御招きしただけの話、これが君だけを呼んだ理由。」
「…地獄で舌引き抜かれるぜ、あんた」
「永倉君の髪、伸びたかなって、気になって気になって気になって、気になっていたんだよ」

呑んでしまった茶は、氷みたいに冷たかった。
蛇腹を撫でた生ぬるい水ではなくて、雪霜に含んだ血の如く冴えていた。

「久しぶりに遊んでやろうと思って。そうしたらお前、律儀に俺の元へ来るんだもん。馬鹿だね、そういうところ」
「馬鹿で結構。俺、あんたが遊べないぐらいには成長したんで」
「ほんと、生意気」

嗤って寝転がる佐々木を見下げ、永倉は背を向ける。夕暮れの陽に透けるよう、燃えるような髪色が龍尾を連想させた。

「邪魔だね、やっぱりその髪の毛切っちゃおうか」
「結べなくなったでしょ、って、あいつが怒りますからダメです」
「甘えん坊。」
「俺、甘えるのうまいんスよ、あんたと違って。」

切られた傷をべろんと舐めたが、血は既に固まっておいでで、流れた形跡は消える事はない。
何かの痕みたいに残るそれを、佐々木は柳の葉であると感じた。墨を取ってその柳の木の下に幽霊でも描いてしまおうと言った辺り、であろうか。

「宵越しの茶ァ、御馳走様でした。」
「ふふ、知ってて呑むなんて、君ってやつは馬鹿だねえ」


end











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