根付を買って欲しいと原田にせがまれ、同じ非番の日に二人で出かけた。小間物屋だとか、そういった小店を通り過ぎた辺りで余所見をしていると、原田は斎藤の手に触れただけではなく、ぎゅっと握って手を引いた。それでいて原田は斎藤を見ようとせず、何食わぬ顔で、頬を赤らめていた。斎藤は不思議に思って小首を傾げたが、人の心の中は如何せん読めない。 斎藤は原田に、虎の根付を買ってあげた。 「一ちゃん、根付帯につけて」 根付を買ってくれたお礼に昼飯を奢ると言い出し、鰻屋に入ったのは良いが、なぜか原田は斎藤を座敷へと押し倒していた。そして、買ってもらった虎の根付を自身の帯へ付けて欲しいと言う。 「根付、…どこ。」 「懐に入れた、取って」 恐る恐る原田の懐へ手を突っ込み、斎藤は先程買ってあげた虎の根付を取り出した。 ちらりと原田の顔を見れば、真剣な顔をして此方を見つめている。その黒々とした瞳に、自身が映ってしまいそうで遂には目を逸らしてしまう。 「こんな、覆い被さられたら…、根付つけてあげれません」 「なんで、」 「引っ付きすぎて、見えな、い、くすぐったい」 「今日は髪結ぶの忘れたから、だからだよ。俺、髪伸びたもん」 ぐい、と髪を後ろへ引っ張られ、咽仏に噛み付かれた。 「違います、原田さんが首筋を舐めるから、」 「一ちゃん俺の首噛んだ」 「首筋舐められたお返し。戒めです」 「そんなん全然戒めじゃないし、かわいい」 ふざけたじゃれ合いに斎藤は頬を膨らませたが、原田は蕩けそうな顔で斎藤を見下ろしている。肩を押しても、彼は獣の様にびくともしない。果てには、困ってしまった。 「さわりたい。」 「どうして、」 「かわいいから、一ちゃんさわりたい。さわってもいい?」 駄目だと言う前から触っている。するすると、原田の手は襦袢の中へと沈んで行く。 「くすぐったいです、から、そこ」 「さわっちゃダメ?」 「なんで」 「だって、一ちゃんがかわいいから」 眉を顰める。出された茶が盆の上からこぼれていた。それを横目に声を震わせる。抱き付いてくる原田を見つめ返したって、震える声は変わらない。 「やらしいことしないで下さい」 「やだ、一ちゃんの事好きだからやらしーこといっぱいする」 原田の懐から、兎の根付が転がってきた。色あせて傷だらけの古い根付は、何時ぞやに斎藤が原田へあげた物でもあった。 それを口に頬張ると、原田は困った顔をして飴玉じゃないんだから食べちゃダメでしょ、と口から吸い出そうとする。 互いの唾液で濡れた古い兎の根付を見ながら、結局新しく買った虎の根付は帯に付けてあげられなかったなあと斎藤は思った。 「帰りに飴玉買ってあげるからね」 「ん、楽しみにしてます。」 end ← ×
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