狂鬼茄子<下> みんな顔が潰れている。 着物だってみんな同じ柄。 在る部屋にはみんなの剥ぎ取られた顔の皮が並べてあって、それからゆっくりそれらを物色している老人がいる。 外は賑やかだった。衣傘を差した人が行列を作って歩いている。狐の嫁入り、そうかもしれない、嫁入りなのかもしれない。 彼らが進む先は格子に遮られて見えなかったけれど、ぽつりぽつりと小指を撒く猫がいる。 「お前はイイ男娼だねェ、イイ男妾になるよ」 猫はそう言い残して、更に親指を籠から撒きながらどこかへ行ってしまった。 その撒かれた指からは芽が出て、大きな花を咲かしたのだけれど、結局はすぐに枯れた。枯れた花を死んだと勘違いして、猫は泣いて化け猫になってしまった。花は死ぬはずがないと教えてあげれば良かったのだけれど、その時は丁度首のない人間と床入りしていたものだから声を掛けられなかった。 首のない人間は強情で、首を舐めろと言ってくる。嫌だ嫌だと言っても、舐めろ舐めろ舐めろと身体を揺さぶってくる。 仕方なく舐めてあげると、布団からは長い髪の毛が生え、身体を暗闇へ引きずり込もうと一生懸命に叫ぶ。 ああダメだと思って、首を斬った。首が無いのだから関係ないと知ったのは、随分随分先の事。 気丈に織物をする女は、糸の変わりに自身のはらわたを取り出していたし、苦しそうな顔もしていた。 綺麗な紅色の着物が出来上がるのだろうなぁと期待した。それを差し出された時にはもう、女の姿は無かったが、その着物をきると真冬でも温かくって、太腿から白いのが垂れてきて、それを男の人は喜んだ。 やがて孕んだように腹が大きくなり、下からは白に混ざった小指と親指がたくさん出て来た。戻ってきた化け猫はザラザラとした紫色の舌で私の秘部を何度も舐め、満足気に鳴いた。 「イイ子だね。」 人間の言葉を喋れるくせに、わざとらしく猫語を話したりなんかして。 御馳走なんかしてくれなくったっていいのに、とても脳みそなんか食えやしない。 転がった男の首を抱え、口付けた。 眼を食べて下さいと言ったので噛まずに飲み込んであげると、「犯してやる」と腹の中で男は呟いた。私は恥ずかしくなって何度も何度も刀を自身の腹部へ突き立てたけど、男の声は離れない。 隣には顔の潰れた男がいた、終いには犯された。 のみ込んだ。 のんだ、喉が、渇いた。 「──斎藤君、」 呼びかけに目を開けると、心配そうな服部の顔が自身を覗き込んでいる。 「あ、…服部さん、わたし、」 グ、と口内に生温かい舌が入り込んだ。 そういう行為の最中であったのだと、斎藤は唇を貪る服部の頭を撫で、背中を撫で、逞しい腕を撫で、そうして自分の尻へと手を伸ばした。何かが体内へ入り込んでいて、ねっとりとした蠢く感触から、服部のモノが自分自身を求めているのだと確信を得た。 (入って、る) 確信すればするほど、服部が愛おしくなる。腰を、動かした。 「誘っているの、」 「最初から誘っていますよ、服部さんのこと。」 「可愛いね斎藤君、もう何処にも行かないで」 「私、どこかへ行ってましたか」 聞いても服部は何も言わなかった。何も言わず、情交を繰り返す。 「あれ、服部さん、右足、怪我しているのですか。包帯に血が滲んでる」 「大したことはないよ。でも、もう君を抱いて歩けない。君がいればいい。君から殺されるなんて、考えない」 「殺すなんて、しません。何も、持ってないです。あ、短刀、わたしのたんとう、短刀知りませんか」 「ううん、知らない。だって短刀は、君があの男を殺して捨てたじゃないか、」 「あの男って誰、短刀、短刀は、」 「もうあの男も短刀も無くなったんだよ、これでいいでしょう」 斎藤を抱く服部の腕の力が、激しいものとなった。 気を遣る時は、いつも服部の背中を抱き締めてあげるのだが、服部に腕を掴まれていてはそれが出来ない。許しを乞うように口を開ける。すると服部がそこへ唾液を垂らした。それを満足気に飲み込んで斎藤は悦に浸ったが、支配され過ぎたせいか、もっともっと、と欲している。 酷く揺さぶられ、天井が回る中、頭の中がぐちゃぐちゃになっている事に斎藤は気付いた。吐き気が、頭痛が、死人のように襲ってくる。 「服部さんの顔、見えない、ごめ、なさ、い。吐く、気持ち悪い、吐く、吐いちゃう、う、」 真っ青な斎藤の額を撫で、服部は震える身体を床から抱き上げると、血まみれの膝上へと“愛する子”を乗せた。 「吐いてしまいなよ」 う、ぐ、と嗚咽し、斎藤はびしゃびしゃ、と透き通る白色の吐物を吐いた。 互いの着物が吐物にまみれても、服部は気にも止めず斎藤の口を吸っている。斎藤は悲しくなって服部に謝った。許して欲しいと謝れば、君は何も悪い事はしていない、服部はそう言って斎藤を慰めた。 「服部さん、好きい」 「いやいや、俺をよく見てよ、一君。」 「え、」 瞬きを何度しても、自分を抱く目の前の男は佐々木である。 「嘘、でしょう、だって、」 「気持ち良過ぎてゲロ吐くなんてなア、いいね、そういうのだいすき。答えは腹ン中、お腹に短刀入ってるよ」 瞬きをすれば、服部が自身の頭を撫でてくれている。 「斎藤君、吐きたかったらもっと吐いてもいいんだよ、ずっとこうして抱っこしててあげるから…。」 「あれ、どちらが、どちら、分かんない、何も。 あ、あ、あア、 心中させてえ!」 斎藤の指先は空虚を掴んだ。 そして、離さない。 end ← ×
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