「おや、一君こんにちは。こんな所で何してるのかな?一人で散歩?どうせ帰り道分からなくなるんだから、俺が屯所まで送って行ってやろうかぁ?」

甘味処の床机に座っている知り合いの肩に手を掛けると、佐々木は顔を覗き込んだ。
困惑した様な表情は、死にゆく傀儡人形そのものである。思わず、ぞくりとした。

「隊士募集をしに江戸に帰ってたんでしょ、どうだった?お土産は?」
「覚えていません。」
「一君ってば相変わらず冷たいなあ」
「…江戸に帰った記憶がありません。覚えておらず申し訳ありません」
「いや、…つーか、そんな丁寧に謝られても…」
「……あの、貴方誰ですか?すみません、もう何も覚えていないのです。」



ざわざわと人々の足音、話し声、視線、青空、自身の臓の音など、とてもとても聞こえたものではありません。



「えーと…覚えてないなら仕方ないね、大丈夫だよ斎藤君。君と俺は主君が同じってだけの同志、それだけ。京に出て来てからの顔見知りだよ」
「…そうなんですか、」
「記憶喪失になったふり、下手くそ」
「……。」
「そんなに寂しそうな顔するなんて思わなかった」

腹を抱えて笑われるたび、並んで座る影だけは灯のように揺れている。

「あの汁粉屋行ってきた?」
「あんなところ、一人で行くわけないよ」
「じゃあ一緒に帰郷しよっか、そして一君の好きな蕎麦でも食べようね」
「佐々木さん、あの汁粉屋でお酒ばっかり飲んでたくせに」
「ん、今度はちゃんと一緒に蕎麦を食べるよ」

小指に、佐々木の手が重なった。こうなってしまっては、否だと袖を振って拒めなくなってしまっている。求めるものは手に入れられないが、手放したくない物はいつでも奥処に眠っている、そうして一生離さない。

「でも、記憶喪失になったふりなんかしてない…ほんとに、」
「一君は絶対俺の事は忘れられないって知ってる」

優しく笑い、斎藤の頬に触れた。ひんやりと冷たい、心地の良い大きな手は、誰も殺したことのないような綺麗な手であった。

「人間ってね、辛い事があるとその時の記憶を忘れてしまうみたいだよ。きっと、それ」
「辛いこと…」
「ねぇ、口端切れて赤黒くなってるけど、誰かに殴られたの?」
「…いいえ?」

心が緩んでいたのか、自身の小指から温かさが無くなったのを気付く事はなかった。



「一ちゃん待たせてごめん!」

暖簾をくぐり、両脇に団子の包みを抱えた原田が頭を下げる。

「あれ、誰かと喋ってた?」
「誰とも喋ってないですよ」
「そう…。なんか一ちゃんの顔、にこにこしてたからさ」
「そう?」
「あっ分かった!一ちゃんも団子食うの楽しみなんだろー」
「ではそういう事にしておいてあげます。それと…原田さん、包み半分持ちますよ」
「うん、ありがとぉー。最近平助も総司も元気ねーからな、こんだけ団子食えば元気になるだろ」
「そうですね」
「屯所の裏口から入ろうなあ、この大量の団子を土方さんに見つかったらすっげぇ怒られそうな気ィする」
「土方さん…?」
「うん、なんつーもんに金費やしてンだー!とかね」

原田は溜息を吐きながら首をぐるぐる回した。しかし、斎藤の頭の中は思考がぐるぐると果てしなく回っている状態である。

「原田さん、土方さんって誰ですか…?」


end











×