「面白くないし馬鹿馬鹿しいなァ。とりとめもなくってつまらない、理由も立たないし役にも立たない。」
「──気分を、害しましたか、」

柱に寄りかかり、曇り空を見上げた男の前に坐して問う。問わねども理由は無いようではあるが、扨て。

「違うよ今井君。唯の独り言、埒もないって意味でさァ」
「……“客人”を部屋に通しております。」
「うん、別に気を使わないでいいよ。悋気を召されるわけじゃアあるめぇし?」

酸いも甘いもかみ分けた様な表情で、佐々木は静かに嗤った。

「怪我を負っておりましたので、一応手当を致しております」
「ああそう。どうもどうも」
「では、私はこれで」
「ね、どうして此処に来たのか聞いた?何か、言ってた?」

冬の枯れ木があえかに震えている。煤竹色の着物袖が揺れた。有為は既に移り変わりの無い物となっている。

「“客人”は、何も言おうとは致しませんでした」
「喋らないほど弱ってるってこと?」
「与頭の名を何度も呼んでおりました。」
「そりャあイイ。祝辞を述べてあげないと」

左夜芸(さやぎ)の音が手に触れた。
夜伽でもしようと云った所存であるが故に、肯(がえ)んずる。

「新撰組からの遣いでしょうか…?」
「まさか、アチラさんは遣いにアレを寄越したりなんかしないよ。副長様のお気に入りなんだから、籠の鳥。」
「籠の鳥が“客人”とは珍しい事もあるものですな」
「嫌で逃げ出してきたのかもね。間諜を無理矢理させられて殺し合いを間近で見せられて、ほんと、可哀想な子」
「先月の共食いの件ですか、」
「そ、不味いったらありャしねぇ。…あ、もういいよ下がって。ご苦労様で御座いました。客人の相手は俺がするから」

足音が彼方へ消え往くと、一寸先にはぐしゃぐしゃになった扇子が転がっていた。
綺麗でも何でもない、醜い死体と何ら変わりはない。さてさて其れが生きようとしているのか死んでいるのか、死のうとしているのかは分からない。他人の気持ちなぞ、一生分からぬ、それで良い。


冷たき障子に手を掛け、佐々木は白雪を眺めた。




「斎藤君、入るよ」

理もなく足を踏み入れると、白い布団へ俯せに横たわる青年の白き肌、そしてだだっ広い部屋の襖に描かれた白い丹頂が、故郷の鶴ヶ城を思い浮かばせる。
何一つ思い出として蘇っては来なかったが、そればかりが走馬灯の様に記憶の中を崩して行った。

「もうすぐ死んじゃいそうな顔してる。」

腕を組み、梅の花枝を折るように見下ろしながら、斎藤の唇を爪先でなぞった。その親指の爪を、ぱきりと噛まれた。

「ここで一緒に心中する?畳、何枚変えるはめになるかなァ」
「布団の中で刺し合えば血なんか飛び散らない。」
「馬鹿だねェ、血は流れるんだから」
「じゃあ流れないように佐々木さんが全部舐めて」
「結局、それって俺だけ随分あとから死ななきゃいけないって事じゃん」

全部、吐き出しちまうんだからと忘れ形見も無い袖は振れませぬ。

「コッチ向いて、仰向けになって」
「そういうところ、昔から嫌い。だって、佐々木さんが身体に乗ってるから…身動き取れないの知ってるくせに」
「じゃあ背中から刀で一突きしてあげようか」

斎藤の口腔内を弄り、噛まれた自身の爪を引きずり出した。その爪を背中へ突き立てると、長く細い赤き線を創る。
呼吸をするたびに手に吸い付くような肌は、佐々木の舌の裏で蠢いた。

「横っ腹を引き裂いてハラワタ引きずり出して、それを根本に巻いて自慰すればイケそうな気がするなァ」
「生温かいものが、背中に、」
「ああ、想像しただけでイケちゃった」
「そうしたら、もう、腰を掴む手を離して。」

ビクンと背中を揺らした斎藤の頬は、仄かに朱い。舌なめずりをする佐々木の舌は、血を舐めた様な青色であった。

「痛いのは、嫌です。」
「痛いのは嫌だなんて、上手な甘え方も大概にね」
「あまえてないよ」
「いいや、あまえてる」

グ、と唇を噛む姿が可愛らしい。椿の花を強く握ると全てバラバラと散って灰色な地面へと落つる様に、佐々木は似た感情を抱かせてくれる青年が愛おしかった。狂愛だとも思っていた。

「痛い、嫌」
「撃たれた右腕、飛んでしまえば良かったのに」
「どうして?」
「右腕の無い君は、さぞかし御綺麗であったろうに」
「痛い、」
「君を必死に守った平隊士がいるそうじゃない。天満屋で。…でも、結局君は銃創を作ってしまったから、そいつは結局君を守れなかったって事だね、使い物にならないグズは殺さないと」
「痛い痛い、」
「やっぱり、君を守れるのは俺だけだったねェ?」


時もあろうに折悪しい。


「俺さ、深爪は嫌いなの」

最期はどうなるか誰しもは分かりませぬが、

「一君、どうして俺のとこへ来たの」
「常永久、毒牙にかかって最期をとげたいので、」
「はいりぐち、まだ痛い?」
「痛い痛いって、嘘ついてた。本当は痛くなんかなかったのに」

ずるずる、逃げ逝く。


「君主の下坂に合わせて、二条城、君らも守衛しに来るんでしょう?だったら、今日はアッチの屯所なんかに帰らなくていいよ」
「でもそれは明々後日のことで、だから、帰らないと、だめ、で…、」
「帰ンなよ、 なァ?」
「ん、そこは、だめ」
「いっそのこと、おかしくなっちまえよ」



ずるずるとは、逃がすまい。


「嘘ついてた、俺、一君殺せないよ。一君が俺を殺して、一生俺の死に顔を覚えてて欲しい」
「嘘つくの二回目ですが、毒牙にかかったわけじゃなくて、…佐々木さん、助けて。」



end












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