テン テン テン 。
転がりましょう、ね ェ 。

「鉢屋くん、それ大切なものなの?」
「うん、」

いつぞやの、赤い記憶。





「三郎、それ大切なものなの?」
「ああ、」

右手で紅い鞠を弄りながら
左手で僕の腹を弄る。

その弄り方が尋常ではなく、ウぅ、と声を漏らせば、ごめんね謝り謝り、そしてまた痛々しく弄って。
逃げようとすれば逃げる程に食い込むのだから、

僕は、逃げずに腸でも取り出してもらう事にします。


「両手は便利なのだな、」
変な事を言うのは彼の十八番ですが、
「――あ」
変な事をするのも彼の十八番なのでした。
耳は、舐めるなと何回も言い聞かせているのにッ

「昔ね、人の命を救うのがダイスキな医者がいてね、オレは嫌いだったよ」
「うん?」
急に話し出す三郎。の目、キラリ光ったような気がしてしまった。
「それで、」
「うん」
「その、医者の両手を、切ってやったんだァ俺。」
「…うん」

ちょうど四日前は子供殺しの話を聞かされたっけ。
「俺、人の苦しむ顔がダイスキなの」
知ってる
知ってる
知っている。

きっとその医者、大切な人救いの両手奪われ、我の希望描いた夢追えず、静かに静かに死を選んだ事だろう、に。
好きなんだよね、

好きなんだよ、三郎は。
人の大切なものを奪う事がダイスキなんだよ。


「この鞠も、赤子を殺して奪ったものなのだ、」
「…うん」
「俺は雷蔵だけが好き、其れだけでいい」

時々、三郎は訳のワカラヌ事を言う。

「この鞠はイラナイ。けれども大切。ね、どういうワケだと思うの、君」
「そんな事、…僕知らないよ」
「へえ」


ギャアなんぞ、それが本当の人間の鳴き方では非ず。
ギイ、と鳴くの。

ただ、その暗く紅い日だけは、僕がギイギイ啼こうが、三郎は噛んだ耳を離しはしなかった。
ガリガリ音をたて、僕の耳には穴がポッカリ空いてしまっている。

「ね、どういうワケだと思うの、君」
「……う」
「君、雷蔵。君なら、俺の考え事ぐらい分かるだろう?」

首を振る。
噛まれた重症の左耳、血が流るる。血、四方飛び。
首にも、流るる。

「ガッ」
「ね、雷蔵。分かるよね」
「……ゥ、」

左手が腹に食い込んだ。
臓器を掴まれている。
それを君、取り出さない。取り出せば良いのに、ズルズルズル、紅床に。
鞠は転がり転がって、三郎の手、逃れ。空いてしまった右手は、酷い左手と同じようにグイグイ僕の腹を掻き回した。
吐いてしまう。
啼いてしまう。


「雷蔵がおなごだったらよかったのになァ」
「何を…!」
「おなごだったら赤子を何度も孕ませてやるのに」

背中から抱き締められている背骨が、痛い。

「でも女と赤子は殺してしまうから駄目なのだ。あぁ何故に俺、生まれてきたのだろう」
「……三郎」



弄られている大きな両手、爪で引っ掻き、血の匂い撒き散らせつつ手に染み込ませ。僕は君の側から離れないからね、と。
グルリ首を後ろに向ければ、優しそうな君が僕を見つめておられるの、です。

愛しき人、よ。



「アレ、捨てないのは。アレで僕と遊んだからでしょう?」
隅に転がった鞠を指差し、三郎に問う。
「そうだよ、そうだよ雷蔵!」
喜ぶ君、力を緩めた。

途端、うしろに転がりニコニコ笑う君の腹上乗れば、嗚呼、何と景色の見渡せること。


真っ赤な障子に御札が張られた真っ黒な部屋、な ん て 心地好い。
知っているのは、鎖で巻かれた僕たちの首。

「三郎の敗けだぞ、馬乗りにされてはオマエ、僕に殺されるしかあるまいぞ」

部屋が一気に発火した。



「雷蔵、君が孕んでくれるまでは、俺、死ぬるわけないであろう――?」
テンテンと、憎い憎い鞠は三郎の長い指に引き吊られ、騙されつつも近づくマヌケ。

「コレ、下から射れようか、上から入れようか」

グア、と下から伸ばされた君の手に顔を掴まれ、床に押し倒され僕の頭は割れテいル?



「この鞠を、腹に収めてさえくれれば」

ギイ、とも、ギャアとも啼いて泣いて鳴いて亡き喚いてしまった。
いつもと変わらず、三郎と暗い天井の錯覚交互。

いつもと違うのは、シロイ布団ではなくクロイ床であること。
そして、異物の容量です。





「鉢屋くん、その鞠、そんなに大切なものなの?」
「うん。これでいつか雷蔵を孕ませるんだ」

「"孕ませる"って、何?」

こんな記憶など、
今思い出したって



「雷蔵はまだ知らなくていいんだよ」



嗚呼、
オマエの目玉を抉り取ってしまいたい。

end












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