(寒すぎると思える肌は雨を甘くした。)



「しっかりして、ハチ」
土砂降りなのに、ちっとも肩の濡れていない雷蔵が、俺の目の前にだけ立っていた。可哀想だ、そういう目を向けられているに違いない。具合が悪くなって唯でさえ死に向かっているのに、今すぐ心臓を潰して死にたくなってしまったのだ。

「失敗した。右腕を綺麗に持っていかれた」

そこからドクドクと出る血は辺りを侵食しながら地中に入り込み、隣で枯れている花の餌になる。それならば、色は限られてくるのだろうとボンヤリ。それが単純すぎるのだと息を吐く、左薬指の爪がペラリと剥げた。
(よく顔を見たい。自分が最期に何を望むのかという瀬戸際には、手先にある本能しかない非現実とは駆け離れている)


「こんなことになるならあの日、無理矢理にでも抱いておけば、よかった。」


薄ら目を開けると雷蔵はにこりと笑って、その笑顔が俺のモノではないと理解しているのか、一段と雨を欲に変えてしまっている。
するん、手が下肢に伸びて温かく其処を擦った。

「斬り合いになっちゃったの?ここ、膨らんでるみたいだけど。一人ぐらい殺した…?」
「二人、殺した。」
「そう」

今度は手から突き出ている骨をなぞるなり、涙か雨か分からなくなった頬の製造元を君は冷たい舌で舐め取って間近に、潰れた眼を、眼腔、を、綺麗に舐めて啜って、ごくん。
頭の神経をやられてしまっているので、きっと、痛くない。そして、だから身体が動かない。酷く、滑稽。早く、死にたい。

「らいぞう、そこに転がっている刀、で、俺の心臓を刺してくれないか」
「駄目だよ」
「…どうして?」
「だって、左手も左足もないハチ、とっても素敵なんだもの。」

俺の右小指の爪を剥いだらしい雷蔵は、その爪を泥水で綺麗に美しく洗って口に入れてくれた。
「食べなよ」
(血の味がしてパキリ鳴る。)

「ねえ、」
再び口に押し込まれたものは柄に血の染み込んだ、殺人に使うだけの道具だと分かると、ヒヤリと首筋が凍りギシギシしなる。
「ねえハチ、これで、ちゃんと口にくわえた刀で、自分の右足を斬ってちょうだい?」
「な、」


「斬ってちょうだい?」
「ら、いぞう…」
少しばかりの覚醒と共にどうにもならない気持ちが込み上げて斬ってしまえばいいと思ったのだ。なんて、なんてなんて夢中になっているんだ霧の中から二度と出れないと言うのに!
(體、浸食、寝食、)



「右足切断してくれたら、僕、ハチに抱かれてあげるよ、あの日みたいに断らないよ、上に乗ってシてあげるよオ?」

そう言い腰紐を解いて膝上に乗ってきた雷蔵、の手、が。なんとも言えないぐらいに、脇腹、肩、背中、に巻き付くので、目一杯奮え上がってしまった。
死を選ぶことは非常に簡単で仕様がないが、なんでも致死量を超えてしまえば複雑に容易に、
 ( 感覚なんか )


「ふふ、ハチは本当に綺麗だね、すてき」
「んあ」
「あの日、ハチが足切っちゃえばハチと寝てあげたのに。ね、聞いてる?」
「ん、う」
「もう、死にそうだよ。でも、素敵なんだからどっちでも構わないよね」

そうだ、あの日に切断を行っておけばよかったんだ。そうしたらこんな、辛い思いしなくてもよかった。君も居てくれた、手放さなくてすんだ。
だけど、

「こうやって性交死、したかったんだ、ズットマエカラ」
震えの酷い唯一の残った手で雷蔵の唇を撫でる。


「おやすみなさい、ハチ。ズットズット、左手で抱き締めていてねイッちゃうまで。」

(ずっとずうと右手で抱き締めているよ、)


end

【アポテムノフィリア】…他人(または自分)の手足が欠損することに性的興奮を覚えること。

竹谷任務失敗。
ちなみに竹→雷。











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