黒煙は血を、濁さない。 「ほんと、焼けた屍は醜すぎて目を押さえたくなる」 舌打ちをした。久しぶりに、だった。最近と言えば赤に染まって笑う事しかなかったのだから、まあそういう事も、いいのだろうと浅はかに深く、頭に広がる不拡散を、遠隔。 (下に組み敷いた君の顔が可愛いです。) 「僕と一緒に死にたいの?」 雷蔵の目は真っ直ぐで晴れやかで、時々自身の心を縮める苦手なものである。溶け込まないのに沈んでいるのだから、故に分からなくなってどうしよう!叫んで、やっと領域範囲に仕留めたフリをして、浮く。 「死にたいって言ったら?」 「…そうしたら、兵助と一緒に死んであげるけれど、痛いのは嫌、苦しいのは嫌、死ぬのは嫌」 (達すれば同じ、) 「熱いだけだよ。」 「それ、いちばん嫌」 (経過は違うのに。) 君は眉をひそめた。 無表情の俺の顔がよく知りもしない、とでも言いたげに、色のある声で名前を指先で呼び、いざなう。 「腕、退けて」 「駄目だよ、雷蔵を逃がしたくないんだから」 (烟さえも、そう言っているシッカリと) 「兵助を、触るだけ。」 (信じたかった) (それでいい、) 「冷たいんだね、貴方」 「うん」 「狂ってるんじゃないの、」 「俺に魅了された炎が?」 「違うよ」 ぎゅうう、強引であった、少し。こうやって君の自己概念の中にある間違えを、ひとつふたつみっつよっつ、ここのつ言って欲しかったようだ、こんな風に首に手を回して背中を艶やかに混ぜ食ってちゃんと、違うよ、って。 (顔は盲目に幾、透し) 「蒼にもならないんだよ、シカバネを焼くときだけで十分なんだから。もうこういうこと、しないで」 「らいぞう」 「やだ、兵助と接吻なんかしたくない」 顔を背けられては、首筋に接吻するしかなかったが、其さえ嫌がり抵抗しようと首に巻き付く腕をスルスル動かす所、引っ張り、掴んで掴んで右に倒れた顔も掴んで擦って、接吻した。 舌を入れれば必死に舌で押し出そうと眼球の真下で一生懸命に。それが好都合だということを知らず、あまりにも貪りすぎて、ちゅ、とたくさん音が出た。恥ずかしい気持ちになった。 ぐるりと煙が頭を廻った。 「雷蔵は優しいね、接吻は嫌なクセに一緒に死んでくれるんだからさ、」 「うん、僕で終わりにすればいいって思ったから。」 「博愛主義?」 「そうだよ」 だったら燃えて終り。なんにも残らない死ぬことも恐れない怖れてもいない君と燃えればそれでいい。震戦と共にガランガラン崩れる足元をひたすら待って堕ちて逝けばいい。奈落。 「演技で俺とやってくれたんだ」 「…その言い方、やめてよ」 「背中になんか手を回すな、腰だってそんなに押し付けなくていい。もう動かないよ、今抜いてしまえば白いの、みんな出るから、出すから、忘れて」 「ねえ待ってへいすけ!」 鎖骨に顔を埋める。肌に触れた額が熱かった。名前を呼んでくれた雷蔵が、再び背中を抱き締めてくれたおかげで、ズズ、と。また密着してしまい呼吸が覚束無くなって荒く疎く。 ジリジリ、けれども背中を炎が焼いた。 ぷちん、皮膚に切れ目。そこから肉が見えてしまえば、もう縮まって剥がれて行くのは異常に容易く。 痛くはない、気持ち良い。きっと雷蔵の腕も焼けてしまって血色の汁が吹き出ているんだ。嗚呼自身の髪の毛が焼かれている、まるで腐敗の正反対だ。 「手を、俺の胸の中に入れなよ、焼かれて痛いだろうに」 「兵助だって、痛いでしょう?僕が、触れていてあげる」 撫でられた。 でろん、皮膚が剥げた。きっと肉も、更に骨までも直ぐに到達してしまうだろう。なんとも言えないニオイ、漂うのだろうか。皮膚がなくなれば、今度は臓器が雷蔵を犯して流れるんだ、心臓は骨の籠に入ったままだけど(壊して取ってもいい、まだ動いているのかもしれないが握りしめて殺して下さい。) 「もうすぐ死んじゃうでしょう?だから、そこ、千切って僕の奥深くに入れ込んで僕も死んであげるからね」 「雷蔵、今でもいいよ」 ふんわり躊躇わない君はギュッと握り爪を食い込ませ、根元からグリィと。叫べない痛くもない。感覚も神経もドロドロになって、尚更、いい。 「唇も熱いんだね、」 「…接吻、嫌がってたのに」 「兵助、熱い」 「んん臓器、が、出る」 もう一度接吻をすると、歯がカツンとあたった。舌を絡めるのもやっと、そして虚ろう目で精一杯。 (煙は蒼、炎は真っ赤) 「くるしいあつい痛い、しにたくないよ、へいすけ」 「らい ぞう」 「へいすけ、すき」 そう言って先に死んだらしき雷蔵の焼かれた手が、丁寧に床へ落ちる。するとズットン、音をたて皮膚から骨が突き破り自身の躯が雷蔵の上へ落ちてしまった。 「 兵助、 好き 」 記憶はそれまでである。 end ← ×
|