「だァァァっっ…もう……!」 重い扉は閉ざされたまま、永倉の声は天井へと吸い込まれた。 立ちはだかる壁は大きく、蹴ろうが叩こうが、はたまた助けを叫ぼうが一切進展はない。手に届かぬ小窓からは、蔵の中へと陽射しが真っ直ぐに降り注ぐだけである。 薄暗い蔵の中が少しだけ明るくはなったが、彼らに希望はないようだ。 さて、"蔵の中""希望なし"とくれば大抵予想はつくもの――。 蔵の中の掃除を頼まれ中へ入った者、蔵の扉が開いていたため興味を引かれ入った者、珍しい骨董品を探そうと入った者、蔵の中が騒がしいため楽しい雰囲気に誘われ入った者……理由は様々である。そのまさかではあるが、上記四名の者が蔵の中に閉じ込められたのであった。奇妙にも、自然に重い扉が閉まったわけではない。意図的に、である。 「もういいよ、永倉君」 芹沢が鉄扇を扇ぎながら、どうしても諦め切れない永倉に声をかける。そして、あっけらかんとした芹沢の真横で、斎藤は腕組みをしたまま永倉をジッと見た。 「永倉さんが喚いてもどうにもならない…こっちの不快感が上がるだけ…」 彼は常に一言多い。 江戸に居た頃からそうである。幾度永倉の逆鱗に触れたのか、数えるのも一苦労だ。しかしいくら逆鱗に触れようとも、斎藤の華麗な口の悪さは止まらない。 「永倉君、助けを待とうよ」 そして閉じ込められた状態でありながらも、冷静沈着な判断を下す平山。両手には倉の中の書物をずっしり抱えていた。 「平山さん、それ読むつもりですか…?こんな状況下で」 「うん、だって助け呼んでも誰も来ないんだろう?だったら読むしかないだろう?」 「何で読むしかないんですか!」 「1日2頁ずつ読んでも1年以内には出れるよ」 「その本全部で何頁あるんですか…?」 「あっ、1237頁あった」 「はい無理!!!」 歯切れの良い永倉の突っ込みが蔵内に響く。 「そうだ!」 今度は間髪入れず永倉の突っ込みの後に、芹沢・閃きの青い声が蔵内に響き渡った。 大抵、芹沢の閃きには期待出来ないものがある。それを昔から平山は良〜く知っている。そして、永倉と斎藤も嫌というほど理解出来ているのだ。 …が、デカイ子供のような芹沢の無邪気さに、何故か反論出来ず従ってしまうのがオチなのである。 「あの窓から出よう!皆で肩車し合えば大丈夫!」 青い閃きの中、芹沢が指をさしたのは蔵内を切なく照らす、小さな窓。確かに肩車をし合い、あの小さな窓から誰かが助けを呼べば皆助かる…可能性はある。 (芹沢さんにしては凄くマシな意見だ。) 同意見だったのか、平山と斎藤は顔を見合わせた。 「それじゃ芹沢さんの上にオレ乗りますから…」 「そしたら永倉君の上に某が乗ろう。斎藤君、助け呼ぶの任せたよ」 「はい、分かりました」 「これで決まりっスね。じゃ芹沢さん、土台お願いします」 適当に仕切った後、永倉はケロッと微笑み芹沢に提案を投げ掛けたが、芹沢は顔を覆い床に伏せていた。心なしか、鼻をすする音が聞こえる。 「芹沢さん…?」 「君たち酷い……。」 「えっ?」 「何で俺が土台って最初から決められてんの…?」 「……えっ…?」 だって、見るからに芹沢さんが一番図体デカイし…とは言えない永倉であった。そんな乾燥した空気を逸速く察知し、平山が生け贄とも断言できる行動を起こし始める…。 「そっ、某が土台になろう…!」 吉栄よりも細く、吉栄よりも栄養が足りていない平山が土台となることは、確実な死を意味していた。 それは全力で回避しなければならない――。 「ダメっスよ平山さん土台したらダメ!土台は俺がしますから…!」 冷や汗をかきながらも、永倉は壁に手をついた。平山をかばい、自ら戦地に赴く男…永倉。死の土台を受け入れた背中は男の中の男であったと、斎藤は永倉を過去の人としてコッソリ心中で語ったのである。 「じゃあ芹沢さん、俺の上に心置きなく乗って下さい」 「えっ?なんで永倉君そんなこと言うの…?」 「えっ…?」 「俺は一番上に乗りたいんだけど。だから永倉君斎藤君平山オレでお願いしたいんだけど」 予期していなかった芹沢の回答に、斎藤は「全員首折れる」本音発言をしてしまい、平山に急遽口を塞がれた。しかし斎藤だけではない。平山も永倉も、虎(芹沢)の体重がテッペンにくれば、自分たちの身体がどうなるかぐらいは大体予想がつく…。 最早、誰が土台(生け贄)だのと争っている段階ではなく、これは命を危険にさらしているも同然…、懸命な緊急回避が必要であると言えるのだ。 「どうしようどうしようどうしよう」 「バカ!落ち着けってハジメ!」 「これが落ち着いていられるか…!あんたの肩に股がるということ、すなわち俺はあんたに股間を押し付けるんだ…!気持ち悪い!考えられない!平山さんがいい!!」 「ばっか!お前バカ!芹沢さんが順番指定してんだよ!大人しく俺の肩に乗れっての!!」 「じゃあ…永倉さんが責任取ってくれるのか…!?」 「ちょっ、何で俺が責任取らねーといけねんだよ!つか何の責任だ!」 「…股間を押し付けた男には…全て責任を取ってもらえと…昔兄さんが言っていた…。だから…永倉さん責任取って…」 「おまっ…ちょっ…なんつーこと言ってくれてんだ蔵の中で!!どうせなら二人きりの時に言って欲しかったわ!!ドキドキさせんなトキめかせんな!!」 「うっ…うるさい永倉さんのくせに…!」 「…あの、熱く盛り上がっている途中すまないが…芹沢さんが物凄く盛り下がっている…どうしよう」 平山の声かけにハッとする永倉と斎藤であったが、時既に遅し…芹沢はイジケにイジケ、蔵の隅に寂しく座っていた。 「永倉さんのせいだ…!永倉さんがモタモタしているせいで芹沢さんが傷心した…!」 「ハジメが変なこと言い出すからだろーが!」 「変なことではない…!大事なことだバカ!」 「責任取るから!分かったから!だから覚悟決めろよな!」 「うむ、永倉君の言う通りだ…!これは最終形態で行くしかない。大丈夫、某たちは今まで数々の不運を乗り越えてきたではないか」 「平山さんが言うなら…」 斎藤の喉がゴクリとなる。三人の決意は固まった。永倉が壁に手をついたのを合図に、その上に斎藤、平山と肩車をしていく。そしていつでも芹沢を頂点へ誘える最終形態を完成させたのだった。 「「「芹沢さんどうぞ…!」」」 準備万端、声を揃えて振り向くと、蔵の隅で芹沢は仰向けに倒れていた。 小刻みに震え何かブツブツと呟いている。 「いけない…!芹沢さんの『狭いところ息苦しい病』の発作が…!永倉君、某を下ろしてくれないか!」 芹沢の新種の病を察知し平山が緊急事態を読み取ったのはいいが、平山が動こうとすればするほど姿勢が崩れ、益々不安定になるばかりであった。それだけではなく、なぜか平山が身動きを取れば取るほど斎藤は平山の足をギュッと握ってしまっている…。 「あの…斎藤君…某は下りたいから足を離してくれぬか…?」 「離したら崩れます…!離せません…!」 「バカハジメ!離せって!芹沢さん介抱しねぇと芹沢さん死んじまうだろ!」 「ダメだ…!平山さんが下りたら姿勢崩して俺が落ちる!落ちるのは嫌だ!」 「斎藤君…。君、女の子みたいなこと言うんだね」 「っ…だって…」 「照れてる場合か!平山さん困ってんだろーが!…落とさねーから!俺がなんとかすっからマジいい加減にしろ!」 「うるさい!永倉さんなんか頼りにならない!」 「うるせぇえっ!お前のことは俺が責任取るっつったろが!!」 斎藤との口論の末、永倉は怒りが爆発し、肩車していた斎藤を持ち上げるという行動に走ってしまったのである。 勿論、悲鳴を上げ落下してきた斎藤は永倉の手中にスッポリと収まったのだが、斎藤に肩車されていた平山は一向に落ちてこない。 「ハジメ、平山さんどこ行った?」 「永倉さんから持ち上げられた拍子に…驚きのあまり平山さんを…思い切り窓の外へ投げてしまった…」 「嘘だろ!?あんな高い窓から平山さん投げたとかお前マジで言ってンの!?」 「現に平山さんどこにもいないだろうが!!投げたさちゃんと!!」 「逆ギレすんな!つーか平山さんあんな高い所から外に行って…ぜってー死んだよ!お前なにやってんだよ!!」 「永倉さんが俺を持ち上げるからだ!あんたが悪い!」 「お前が悪ィだろ!俺は責任ぐらい取れる男だ!お前は俺に黙って守られときゃいいんだよ!」 口論が白熱する二人の背後を、太陽の光が明るく照らした。永倉がいくら叩いても蹴っても開かなかった蔵の重い扉が、今、ギギイと珍妙な音をたてて開いて行く――。 「待たせてすまない」 そこには血だらけの、ついさっき窓の外へ斎藤に投げられた平山が勇敢に立っていた。 蔵内閉じ込められ事件――、この事件は平山の活躍によって解決となる。 『狭いところ息苦しい病』は自由奔放すぎる芹沢らしい病であったと、永倉と斎藤は同情をした。そして今回も極限状態の中、常に紳士である平山に助けられたのだという自覚も痛いほど感じた。 また、蔵が開いてたから中確認しないで閉めちゃったごめんと軽く発言した犯人原田を、永倉は思い切り殴ってしまったことは隊内の騒ぎとなってしまったようだ。が、永倉があんなに真剣に斎藤を抱き、斎藤を守ると豪語したことは誰も知らないのであった…。 「平山、いつもすまないな」 「いいえ芹沢さん…某もいつもお世話になっておりますから」 「けどよォ、お前ケガだらけじゃねェか」 「いや、これは…窓から足を滑らせて落ちたのです」 「せっかく永倉君と斎藤君が肩車してくれたのに…お前って奴はそそっかしいな!」 「はは…。」 斎藤から投げられたとは絶対に言えない平山であった…。 end >>ウェンズデイ様 リクエスト有難う御座いました! 新撰組ギャグということで、平山・永倉・斎藤シリーズを書いてみました。プラス芹沢さんです´`* なんだか永斎な感じも否めませんが、この時の永倉の守る発言が後に二人を明治まで生き延びさせたという…(笑) この不運トリオシリーズは続かせていきたいです(笑) 130228 ← ×
|