嫌な雨だった、髪の毛がグシャグシャになるぐらいの、鮮やかな雨だった。
しかし、今は更に鮮やかな橙色の大空が広がっていて、夕立とは程遠い。そんな何気ない一日の情景を映す水溜まりに、雷蔵は足を突っ込んでしまった。

「雷蔵、何やってるの」

久々知は不服そうに声をかける。そして雷蔵の手を引き上げる。とっくの昔に、片足は泥まみれであった。

「ちゃんと見て歩かないと、足が汚れるよ」
「違うよ兵助、これはワザとなんだ」

濁った水溜まりは何も映らない。化け物すら映らぬ、何も見えぬ、橙色の空は相反して渇いた血の色になっておられる。
何も考えてはいないだろうと思う雷蔵と、何かを考えているのだろうと思う久々知は、互いに妙な空気を吸っていた。

「雷蔵、子供みたい。」
「だって、水溜まりは踏んで歩かなきゃ殺されそうなんだもん」
「殺されそうって、誰に?」
「水溜まりに映った自分にだよ」

澄んだ声だった。
言うと雷蔵は水溜まりに足を突っ込んだまま動かずに、黒い瞳に空を映し弱々しく笑う。
それは恐怖なのか同情なのか、久々知には何も分からなかった。

「水溜まりの中の自分が笑うの。だからどっちの世界が本当の自分なのか分からなくなっちゃった。だから僕は水溜まりを踏んで、アッチの世界を殺しながら本当の僕を実感してるの」

偽と言うのか疑と言うのか、戯に囚われているのか雷蔵は困ったように笑う。

「…変なの」

久々知はボソリと呟いて雷蔵の手を離した。
汗で湿っている。

「世界は一つしかないっていうけれど、ねぇ兵助、水溜まりを覗き込む自分と水溜まりに映る自分、どちらが本物だと思う?」

歪みが引いた水面には優しい雷蔵の顔が映る。
(君は一体誰なんだろう。手を伸ばすけれど決して繋ぐことはできない)

「兵助…僕の話、聞いてる?」

前方には大きな水溜まりがあった。ゆらゆらと泥を融合させて輝いている。
前を歩く久々知の姿はどこにも見当たらない。雷蔵は首を傾げてしまった。

「兵助、食べられちゃったの?」

水溜まりの水面には隣に居る筈のない久々知が映っている。
友人は助けてと言うまでもなく、笑うまでもなく、泣いてもいない。
(ただ、僕と一緒に手招きをする。)


「どっちなんだろう、僕はどちらに居るんだろう」


分からなくなってしまった小さな人間を、夕闇が赤黒く廻りごと包み込んだ。


end


>>ろじこ様
リクエスト有難う御座いました!
水溜まりの向こうには不思議な世界があると信じている雷蔵の話、ということでしたが…凄いホラーチックになってしまいました;ノスタルジック的な話を期待されておりましたら、大変申し訳御座いません;

友情出演を久々知がしてくれましたが、もろ被害者な久々知に…;
現実の話なのか非現実な話なのか…はたまた雷蔵の精神の中の話なのか、あやふやに書いた部分がありますので、ろじこ様なりの解釈でお読み頂ければ幸いです´`*


130222











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