廊下の床が軋む。
新校舎と旧校舎の境目がはっきりと分かる廊下は、ふと自分自身の心を探る。
あからさまに空気が違う誰もいない校舎を歩く、足音一つ。

(先生と目が合ったのが運の尽きだったかな、)
理科の実験道具を直すようにと頼まれ、放課後の時間帯にこんな所にいる時点で、いつもの電車に絶対乗れない事はあらかじめ予想できていた。
これをついていないと言うのだろう。


カツカツと歯を鳴らすような雰囲気の足音が、古い壁に当たっては自分の耳にニ、三度入ってくる。
先程近道のため、渡り廊下を歩いて来たせいか、きっと上履きに小さな石ころが挟まっている。

微妙な足音と軋む床音を聞きながら、廊下の一番奥へと歩む。
面倒なもので、うちのガッコーは廊下の奥にある理科室に入り、更に理科室から繋がる理科準備室に入らないと実験道具が取れないのだ。しかも古くさい木戸で気味が悪い。
「鍵、鍵…」
制服のポケットから古くさい鍵を取り出し開けると、薬品とチョークの匂いしかしない理科室が俺を丁寧に待ち構えていた。そして更に教室の奥へと進み、理科準備室と書かれた古くさい木戸を開ける。

「吐きそう…」

カビ臭いというのか何なのか、剥製がこちらを常に見るのだ。並べられたガラス瓶の中にはわけの分からないものが詰まっているし、俺は少しの焦燥感と共に今日授業で使用した実験道具を、適当にそこらへんの棚へと押し込んだ。
棚の中にも瓶詰めにされたモノが転がっていたため、気持ち悪いと思いながらも棚上へと避難させた。その小さな優しさがいけなかったのか、整理中に肘が当たり、瓶詰めにされたモノは大きな音を立て豪快に割れてしまったのだ。

「うそ…どうしよう…」

ホルマリンの何とも言えない匂いが鼻をつく。ガラス瓶は見事に粉々であったが、その中で動かぬカエルが仰向けで倒れていた。

そのカエルの膨れた腹に血が滴る。割れたガラスで手を切ったのか、右手の甲からは血が流れ出ていた。
(あれ、…血とかどうでもよくて、なんか…)

(見慣れた光景である。)

その膨れた腹を蹴って潰して女の股から引きずり出したのは無頭児であった。無頭児ながらも手足をピクピク動かして、死んだ母親はピクリともしないもんだから泣いてたんだっけ、顔もないくせに。

「デジャヴみたい」

ぐちゃあ、カエルの標本を踏んづけてみると、膨れた腹からは無頭児など出ては来なかった。
汚れた臓器が広がり、手足は千切れ、自身の上履きは変な液体の染みがついている。

(それで俺は手についた血を舐めたんだっけ…?舐めてないんだっけ、舐めたのだっけ?)




ぼんやりと考えながら戻った教室で、三郎と雷蔵が俺の帰りを待っていた。
三郎からは片付けが遅いと文句を言われ、雷蔵からはガラスで切った怪我を心配されたが、俺はそういうことを期待しているのではなかったのだ。

「よく分からないんだけど、孕んだ女を殺して赤子を引きずり出した感覚がさ、理科室にあったカエルにそっくりで…。」
(右足が冷たい。)

しかしながら、三郎も雷蔵も自分の話の先が掴めぬと言わんばかり、眉をひそめている。
酷い顔だ、酷い顔で俺に何かを言おうとしている。二人ともどうしたの、って、言いたいのは此方だよ。

「兵助…お前なに言ってんだよ…?」
「なにって、三郎もよく面白がってしてたじゃないか。三郎が教えてくれたんだ、孕んだ女を殺した後、どうやって楽しむか、」
「兵助落ち着けって、気色悪ィよお前…。」
「雷蔵は許せないだろうと思うけどさ、仕方なく殺しちゃったことぐらいあるだろう?吐くぐらい後悔してさ、吐いて諦めてさ、」
「な、ないよ…!人なんか殺したことないよ…?へえすけおかしい…。」


ぽっかりと開いた何か、それを記憶と言うのならば、もう手放せなくなっている。
(ああ、右足が冷たいな)
然らば、流暢に俺は喋っている。


「無頭児も踏み潰したんだっけ捻り殺したんだっけ刺したんだっけ?更に赤く染まった手を舐めたのか舐めていないのか舐めたのか、舐めたのか?汚い、なんて罵って、やはりその指を舐めたのかな、」


(嗚呼、左足が腐れるほど冷たいなァ)

「きっとそれは女の髪であろう」
(誰しもは答えぬ、)
記憶の中の女は言った。


end


>>ろじこ様
リクエスト有難う御座いました!
グロに走ってしまいました…!久々知は前世を思い出したのに、鉢屋と雷蔵は何も思い出しておらず、何ともすれ違いの悲しさ…。だからこそ久々知の一言一言は狂気なのだろうと思います;
リクエスト通りになっていませんでしたら誠に申し訳御座いません…!でも現パロ大好きなので書いていて凄く楽しかったです!


130222











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