ステージの華やかさとは異なる静寂を纏いながら、薄暗いルームで吐息を聞く。
白いベッドシーツに皺を付け、声色だけを飲んでいた。

「雷蔵、今日も凄く良かった」
「鉢屋様……」

呼吸を荒げる雷蔵を抱き締め、額にキスをする。
そうしている間にも、鉢屋は刻を恨む滑稽さを丸めて灰と硝煙を願った。
そして困ったように笑いかけ、右手の腕時計を力強く握り締める。

「また君を抱きに来るよ」

爪をかけてコンドームを取ると、Fretteのハンカチで溢れ出る白濁を拭った。
その姿に、雷蔵はむず痒さを感じながら、傷一つない大きな背中に凭れ掛かった。

「雷蔵…?」
「また、会えます…よね?」
「うん、必ず会える」
「鉢屋様のこと、待っています…」

俯きながら呟き、鉢屋の胸に手を滑らせる。
(ずっとこうしていたいのに、)
自分をベッドの上で求めてくる鉢屋が、何だか遠い存在に感じる時が雷蔵にはあった。だからこそ、ふんわりと漂う優しい鉢屋の匂いに、雷蔵はいつだって胸がいっぱいになる。改めて大切な存在だということを実感すると共に、先のない想いは底が見えぬまでに積載を繰り返していた。

「出口までお送りします」

ベッドに座り、ショーツを身に付ける。
黒い掛け物を軽く羽織ると、鉢屋の白い背広を腕に抱きかかえた。

「雷蔵、」

ふいに鉢屋の指が雷蔵の内股を撫で、ガーターベルトの線を辿る。
「愛しているよ」
別れの曲線を奏でるように、途切れて錆び落ちた音符は悲しさの旋律を含んでいた。


部屋を出ると、ロビーに繋がる長い廊下には、独特な装飾が施されている。陶酔するほどの遊び心を、まるで音を上げて主張するかのようだ。
現実味のない廊下を歩き赤い階段を少しだけ上がると、広いフロアにシャンデリア、その前には上品な絵画が両眼に飛び込んで来る。

――だが、待ち構えていたのは神経を逆撫でするような、"鳳凰"とも呼ばれる不死鳥の声、そのものであった。


「長いセックスだったな」

不敵な笑みを浮かべ、男は小首を傾げる。
腕組みをしたまま、にっこりと笑ってはいるが、目の奥底は今にも噛み殺しそうな虎を飼っていた。

「俺、待たせられるの大嫌いなんだ。仮にも客だろ?」

一歩踏み出すと、雷蔵の腕を強く引き寄せ粗雑に抱き締める。手から零れるように落ちた鉢屋の白い背広に、男は唾を吐き捨て悼む素振りも見せぬまま踏みつけた。
泥と血が、跡を象るように染まり行く。

「……人を殺して来たな、」
「お前だって、殺したろう?」

何かを知っているように、まるで何かを楽しんでいるかのように笑っている。
同じ世界に足を踏み入れながらも、鉢屋は七松という男の素性を全く知らない。
組織にも属さず、"暴君"という名の通り、従い群れる事を一番嫌う――。唯一知り得ているとすれば、抗争を好み、殺しを楽しんでいるということだけである。

「殺しの後の女はいい」
「…!」

グッと唐突に雷蔵を引き寄せると、黒いショーツに手を入れ、中をかき混ぜるような仕草を鉢屋に見せつけた。

「七松様やめて下さい…!こんな所で…っ」
「うるせェな、どうせステージの上でシテるだろ?好きな男の前だから見られたくないンだよなァ?ただの淫売屋のクセに」

無理矢理壁に押し付け、足を開かせる。逃れようとしても、雷蔵の身体は蜘蛛の糸を巻かれたように身動きさえ出来ない。
「やだっ…!」
「いれたらスグ気持ちよくなるって」
七松は雷蔵の片足を軽く持ち上げると、自身の腰を恥丘に強く押し当てた。


金縁の絵画がガタリと揺れる。七松の頭には、黒いハンドガンが食い込んだ。
じわじわ伝わる鉛の感覚に、七松は鉢屋の方へ静かに向き直る。銃口は、眉間に当てられた。

「さっさと雷蔵を離せ、…殺すぞ」

唸るような低い声と、見たこともない冷徹な鉢屋の顔が、雷蔵の身を固くする。
恐ろしくも、突き裂く殺気に身震いを覚えると共に、鉢屋もオメルタを誓った組織の人間であるということを、雷蔵は身を持って実感してしまった。

「そうやって殺してきたんだな、お前も」
「…何の話だ。」
「弾薬の匂いがするぜ?」

彼は、悪戯に笑うばかりである。

「弾薬の匂いと血の匂いを消すには女が一番いいって、お前もよぉく分かってンじゃねぇか」
「…黙れ、」
「雷蔵もいつか鉢屋に殺されちゃうんだから、今日俺が殺してあげてもいいよ?」

轟音とも言える銃声が壁を反響した。
七松の左耳からは血色が首をさらさらと伝い落ちる。白い襟には左右非対称の綺麗な模様が浮かび上がっていた。黒いピアスが、廊下の奥へと転がって行く。

「…手が早いンだね、お前」
「次は頭だ」

人差し指で引き金を引くと、鉢屋は重い銃口を七松の頭へと突き付けた。
多量の血を目の当たりにしながらも、顔色一つ変えず佇んでいる。雷蔵の知る優しい鉢屋など、もう何処にもいなかった。
互いに滴る血には目もくれず、七松は面白がるように笑い続ける。

「ああ弾薬臭ェ、これだから回転式は嫌いだよ。」
「ゴチャゴチャうるさい野郎だな」
「ま、俺はお前と違ってGlockで十分だけど?」
「…死ね」

二発の銃声が一斉に辺りを喚き散らした。
鉢屋の大腿部からは、ドロリと血が溢れ、白いスーツは早々に黒へと変わり行く。
対する七松の腕からは、代わり映えのしない赤が次々に流れ出た。

「あれ、死んでないけど?」
「……お互い様だ」
「殺し合うんじゃなかったの?残念だなァ」
「死に急ぎてェなら勝手に死んどけ」

一歩も引かぬ二人の間で、雷蔵だけが酷く動揺をしている。
「もう…やめて下さい…!」
泣いて必死に止めようとも、何も出来はしなかった。底には、血よりも深い理由がある。いつか血を流し合う事は、遠くない事であると勘づいていた。
(淫売道具として認めてしまえば、愛するという感情などを捨ててしまえば、そうすれば淡々と付き合えていたのだろうか、目の前で誰が死のうと、)
表現するべき言葉が分からず、雷蔵の目からは大粒の涙が零れ落ちる。
(大切な人が居なくなるのは怖い。人が目の前で死ぬのは、嫌だ)



強く目を閉じると、鉢屋の手が触れた。
「怖がらせてすまなかった」
七松に撃ち抜かれた足を一歩前に出し、平然と廊下を去って行く。背を向ければ終わりを告げる世界を前に、鉢屋の行動は妙に滑稽であった。その姿がやけに強く残る。
七松は多少苛々としたが、組織の上に立つ人間が、人を愛する事に囚われ溺れる覚悟を、掟を破る囚人のように認めざるを得なかった。
(…それが、答えかよ)
血を拭う。その血だけが、鉢屋の影を追っている。



「…つまんねぇ」

吐き捨て、七松はルームの黒い扉を背に座り込んだ。
懐からPartagasの葉巻を取り出すと、吸い口をナイフで水平に切り落とし、火をつける。それをゆっくり吸い込み、恍惚として煙を見定めた。

「…くそ、サイテーな日だ」

血に埋もれたピアスを掬い上げると、原形を無くした耳朶に無理矢理捩じ込む。
目を覆いたくなる光景をこらえ、雷蔵は息の荒い七松に頭を下げた。

「あの…、鉢屋様を殺さないでくれて、有難う御座います…」
「………。」

弾薬の臭いは無い。
在るは硬くも、吐き気を催す鉄の臭い。

「元から殺る気なんて無かったんだろ、あいつ。好きな女の前で殺人犯してまで醜くなりたくねぇのさ、男ってヤツは。」
「…七松様が、…最初から殺す気が無かったのではないですか…?」
「それ、同情?」
「いいえ…。…目が効くコルシカ人の貴方が、射撃でしくじる筈は無いと…」
「鋭い女だな、」

半ば諦めたような台詞であった。浮遊する煙だけが導くのならば、巻かれてどうにでもなっちまえと、七松は痛みを孕む傷口に触れる。

「鉢屋は嫌いだ。…だが、あいつの目はお前を欲していた。」
「……。」
「もう少し遊んでやってもいいと思った。…お前を寝取ってやるまで。それからあいつを殺すのも悪くない」
「寝取るだなんて、…私は卑しい売春婦ですから」
「なぁ…お前さ、俺の物になる気はないのか?」
「…七松様は、抱き方が荒いです」

そりゃ違いねェ、と口角を上げ、今までに見せた事の無い顔で雷蔵を見る。
こんなにも、深い翠色をした目であったことを、雷蔵は知らなかった。否、知ろうとしなかったのかもしれない。
「……なぁ、雷蔵」
灰は散ると触れた赤に身を潜ませる。


「お前は鉢屋が死んだら泣くのか?俺が死んじまった方が喜ぶのか?」


張りつめた糸が螺旋のように犇めき合っていた。戻されぬ記憶は乱れ、痛みを伴って引きずられる。
螺の足りぬ時計は回らぬように、動いて留まることは毛頭ない。一秒一秒、深く関わっていく中で真実を求める自分がいる。
(そんなこと…。)
「死んでしまったら…なんて、」

途端、上のフロアが一層に騒がしくなった。銃声を聞き付け、店の表からはパトカーのサイレンが鳴り響いている。
単調な人の声が、酷く浅ましい。その中で、七松の舌打ちがやけにはっきりと聞こえた。

ジリ、と流れ出た自身の血に葉巻を押し付けるなり、七松は左腕を庇いながら反対側の廊下へと歩いて行く。
「七松様…」
名を呼ぶ声が聞こえたのか偶然なのか、一度振り向いて笑い、雷蔵の返事を聞かぬまま地下の裏口に姿を消した。



「情婦にでもなれたら、どんなに良かっただろう。売春婦、じゃなくて…。」

残されたピアスのキャッチを拾い上げると、手にべっとりと付着した血は何かを語りかけている。

答えの出ない雷蔵を、手中からじっと見詰めていた。

end


>>紫苑様
リクエスト有難う御座いました!
久々の鉢雷ストリッパーを書かせて頂きました!七松と鉢屋の絡みも、ということで修羅場を入れ込みましたが…何とも血生臭くなってしまい本当に申し訳御座いません…!(でも本音を言うと、この二人の抗争が一番好きだったりします)

雷蔵は優しいので鉢屋にも七松にも死んで欲しくはない。けれど、鉢屋と七松は裏社会の人間…いつか命を落とす日はやってくるかもしれない。
抗争を止めたいのに何も出来ない売春婦の自分を見つめ、客としてではなく、一人の人間として揺れ動く雷蔵…。みたいな暗い話になりました。
七松は酷い男だけれど、七松の優しさも雷蔵は知っているため憎めない…。うーん…なんかストリッパー雷蔵に聞かないと分からない心情の文です…(笑)

あやふやに終わらせたので、この続きをいつか書きたいなと思ってます。ちょっと雷蔵に優しくなった七松の話とか…(笑)
いやはや、萌えすぎるリクエストに感謝致します!またいつでもリクエストしてやって下さい´`*

妄想語りの余談ですが(知っていたらすみません;)
同じマフィアでも鉢屋はシチリア人、七松はコルシカ人に分けました。
シチリア系は組織作りに長けていて警戒心が強く、同郷人しか信用しない。コルシカ人は孤立型で目が良く射撃の名手、身体能力に長け逃走がうまい。…この特徴を参考に二人を当てはめました。

ちなみに鉢屋の愛用はレトロな回転式拳銃(45口径6連発リボルバー)で、七松は身体能力に長けてるので体術重視のため超軽量自動拳銃(Glock)を愛用してるんじゃなかろうか…との勝手な妄想により、そういう設定になりました!
(七松とか首へし折って殺しそうですよね。)

楽しんで頂けると光栄です…!


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