「俺さ、見たんだよね。木下先生が桃色の褌してんの」

夕食時、久々知が豆腐の味噌汁を吸いながら何ともリアクションを取り難い情報をポロリ、口にした。
目の前に座っていた竹谷の口からは味噌汁の具である豆腐が、斜め向かいに座る勘右衛門に飛ぶ。その唾液まみれの豆腐を勘右衛門は絶妙なタイミングで弾くと、その哀れな豆腐は勘右衛門の真向かいに座る鉢屋の、まだ手をつけていない味噌汁の中にポチャリと入った。

「八左、お前の吐き出した豆腐が凄い確率で俺の味噌汁に入った」
「わあ〜凄いね!連鎖って感じ!ねっ兵助」
「そうだね、勘右衛門。竹谷の吐いた豆腐、もうどれだか分かんないね。三郎それ食べんの?すごーい」
「うっせぇよ!くそ豆腐!!とりあえずこの味噌汁オマエ食えよクソハチ」
「マジでいいの!?ラッキー!吐き出してみるもんだなァ」

14歳、青春真っ最中のくだらない会話である…。
竹谷、鉢屋の味噌汁ゲット、…そういう話が目的ではない。本来の話の目的、それは久々知が呟いた木下先生の輝かしい褌の話に一歩戻る。

「でさ、兵助いつ見たの…木下先生の褌」

鉢屋の味噌汁を啜りながら竹谷は興味津々であった。
あんな恐い顔の木下先生でも桃色の褌をはく。それだけで竹谷の心は花いっぱい、満足いっぱいなのである。

「この間かな、チラッとね。似合っててビックリ」

冷奴に夢中になるあまり、久々知の話はやけに抑揚がない。そんな気の入らない久々知の言いように、鉢屋は苛立ったのか久々知の愛する冷奴を取り上げた。

「お前の言い方ありえんわ。褌だぞ褌、木下先生の。あの顔で桃色はないっての。もっと驚きながら報告しろ」
「なっ…そりゃあ見た時は驚いたさ…!そういう三郎だって驚いてないじゃないか!竹谷は豆腐吐き出してまで驚いてたっていうのに…!」
「あほ、驚いてるよ。俺の下半身、今ギンギンだから」
「え〜本当に?ちょっと見ていい?」
「ダメ、なんか勘右衛門が見るとやらしくなるからダメ」
「なにそれ〜。じゃあ雷蔵の下半身見せてもらお〜っと」
「雷蔵のはダメ!やめて!俺の見ていいから!」

ギャイギャイと騒ぐ雷蔵抜きの五年生たち…。丁度夕食を食べ終わった一年は組の良い子たちが、鉢屋に「ギンギンってどういう意味ですかぁ?」と次々に聞いていく。
しまった、聞かれていた、という罪悪感よりも先に出てきたのは「潮江先輩がよーく知ってるよ、潮江先輩はいつも下半身ギンギンだからね。潮江先輩に聞いてごらん」と鉢屋の最低で卑猥な言い回しであった。
雷蔵がいない時の鉢屋といったら下品で仕方ない…そう竹谷から思われている鉢屋は、何かと終わっている。…と勘右衛門は思っている…。

「でもさでもさ!木下先生は赤褌とかはくと思ってたから意外!」

褌ネタに興奮する竹谷は、両手に箸を握っていた。誰から見ても内面が分かる。彼は興奮しているのだと。

「三郎も赤褌たまにはくよな」

そして彼はサラッと級友の秘密も真面目に暴露してしまうのであった。

「ばっ…何言ってんだよ…!」
「え、だって三郎言ってたじゃん。明日は手裏剣の試験だから気合い入れるため赤褌だって」
「きゃはははは!三郎かっわいー!そういうことしてるんだ!赤褌はいてるからって手裏剣の試験が合格するとは限らないのにね!」
「勘右衛門…それ言ったら三郎可哀想…笑っちゃダメだよ…」
「兵助だって笑ってるじゃん!おかしー!」

級友をゲラゲラ笑うのが趣味とも言える勘右衛門であった…。
さて、竹谷による鉢屋の暴露話を終えた所で、彼らの話は木下先生の話題からただの褌に切り替わる。

「笑ってんなよ、どうせい組の褌は面白くもねぇ白だろ、白」
「白が見栄えいいもんね〜兵助?」
「うん、清潔感ある」

食事中に私語がペチャクチャと飛び交い、うるさい五年生たちであるが、まだ序の口だと食堂のオバチャンは言う。(六年生はまだこの上を行くらしい。)
そのため、五月蝿いのは元より慣れっこのようである。

「俺も俺も!褌は白だよ!」

竹谷はご飯粒を一粒か二粒、口からポロポロと必ず出しながら喋る。昔と比べ、上品な食べ方に向けての成長は全くしていないのだが、年々ご飯粒を吐き出す数は減ってきているらしい。
しかしながら、いつ見ても箸の持ち方は汚い。手先が器用な鉢屋とは、比べ物にならないぐらいだ。

「なに清潔感強調してんだ八左。お前は白やめとけ、チン毛濃いんだから。透けてキモいんだよね」
「はっ!?濃いとか何だよ…!三郎だって人のこと言えねーだろ…!」
「いいや、言えるね。しかもお前さ、高頻度で褌から毛はみ出てるじゃん」

鉢屋の反撃により、竹谷は赤面の嵐が降り注ぐ。
勘右衛門は腹が捻れて目ん玉飛び出ると名言を残し、久々知と一緒に笑い続けた。
そんな下品話もいいところに、委員会の仕事を終えた雷蔵が食堂に足を踏み入れる――。

「雷蔵、こっちこっち」

勘右衛門がお腹に手を当てながら雷蔵を手招きし、自分の隣に座らせた。有無を言わせず自然に雷蔵を誘導して雷蔵を独り占めする、これが勘右衛門の良い所でもあり悪い所でもある。

「みんな楽しそうだね、何の話してたの?」

何も知らない雷蔵が小首を傾げて鉢屋に聞く。すると、鉢屋は自慢気にまだ赤面する竹谷を指差しながら、最低な話の内容を喋り出したのであった。

「木下先生の褌が桃色っていう話からさ、八左の毛濃いし白褌からはみ出てるしっていう話」

鉢屋が話終わると同時に、雷蔵はドンと机に手を置いた。
このような下品な話を食堂でする鉢屋を、雷蔵は許すわけがない。それを久々知と勘右衛門はよく分かっている。分かっているからこそ、雷蔵の前では黙りを決め込み鉢屋に喋らせるという方式を取っているのだ。全ては雷蔵に嫌われないため、…なんとも計算高い。恐るべし、い組。

「三郎!」

雷蔵の怒った声が食堂中に響いた。
あまりの勢いに、食べかけの魚を机にポロリと落としてしまった鉢屋、今更自分自身の発言にハッと気がついてももう遅い。竹谷、久々知、勘右衛門に助けを求めても、誰一人として鉢屋と目を合わせようとはしなかった。

「三郎!聞いてんの!?」
「は、はい…。」
「ハチの毛が濃いとか褌からはみ出てるとか…ハチをバカにするのもいい加減にしてよ!僕はハチの毛好きなんだから!はみ出してた方が野性的でかっこいいんだから!それと木下先生に桃色の褌をあげたのは僕です!!なんか文句ある!?」
「…ら、雷蔵が木下先生に褌あげたの…?」
「そうだよ!木下先生の誕生日に!」

食堂中がしんと静まりかえる中、雷蔵は野性的なやつが好きなのか…と皆心の中で思い返したことであろう。そして竹谷は雷蔵の男前な発言に、一人キュンキュンしていることであろう。

「雷蔵、三郎が木下先生の桃色の褌バカにしてたよ〜?ねっ兵助」
「うん、凄く笑ってた。ねっ竹谷」
「…うん、俺も雷蔵のこと好きだな、うん」

更に悪のりする久々知と勘右衛門であったが、竹谷は雷蔵の男前発言が効いたのか未だに夢見気分で照れている。対照的に、雷蔵の周りは暗黒の世界のみが広がっていた。

「いや、違うんだって雷蔵…!俺だけじゃないって!皆バカにしたって…!だって木下先生の怖い顔に桃色って…普通驚くから…!」
「結局バカにしたんじゃん!!もう三郎なんか熱湯被って縮んでしまえ!!」

この日、晴れやかな青空であったが、春一番とも言える大嵐が食堂を直撃した。一番愛する人にマジギレされた鉢屋は雷蔵からシカトをくらい、数日間死んでいたとか…。
また、噂は噂、広く伝わるもの…。「鉢屋先輩」ではなく、「雷蔵先輩をマジギレさせた鉢屋先輩」と呼ばれる日が続いたという。



ただし、竹谷は幸せいっぱいな顔でニヤけ続けるばかりであった。

そんな竹谷の幸せそうな顔よりも「めでたしめでたし!」と七松が祝辞の言葉をやけに明るく唱えながら、意気揚々と食堂を出て行った事を鉢屋は鮮明に覚えているらしい――。



end


>>ウェンズデイ様
リクエスト有難う御座いました!

五年ギャグとのことでしたが、すみません…最初から雷蔵を登場させていなくて…;
読めるオチだったかなぁと思います;木下先生の桃色褌を想像して読んで頂けると幸いです´`*笑
そして七松は意図的です。


130228











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