生臭くなった。
正確に言うと、どろどろに血生臭くなったとでも言えば伝わるだろうか。


「嫌な青空…。」


赤に比べ何も映らない綺麗な空の、白雲、がやけに嫌だった。
いつでも血を見ているくせに、同情さえ寄越さず知らぬふりをする。
(そんなのは間違っている)
決まって、そのような日は青空であった。


「なぁ、今日の切腹者は六人だとよ」
「馬鹿だねぇ」
「あの臆病者、いつ死ぬかって思ってたけれど、ついに鬼副長の目に止まったわけだ」
「嗚呼可哀想に可哀想に」

ふと、隊士たちの些細な会話が耳に入った。
毎日流れる似たような会話を、原田は既に覚えてしまっている。
聞くたびに目を瞑る自分と、否定を掲げる自分が共存し、今日もどちらともない自分が此方を見ている。


「土方さん、自分が何て呼ばれているか知ってる?"鬼"、だってよ」


前にこんな事を言った。話すことが無かったわけではないが、心配を寄せたわけでもない。
(そんな日々に嫌気がさしたのはいつだったろうか)
表情も変えず土方は今日も切腹者の最期を見届ける。介錯人が首を落とすと、我先にとその場を後にした。
この感情を捨てた男のことが嫌いだったが、切腹者がいた日は必ず、粗末な花を数本握りしめて夜な夜な寺の墓場へ行く姿を、原田は見ていた。
見ているくせに声だけはかけなかったのだが、少し、今日ばかりは声をかけて笑って見たのだ。

「左之助か」

呼ばれた自分の名前がやけに懐かしい。
蝋燭に照らされた墓石が、語りかけるように蠢いている。きっと、羨ましそうに上を見ている。

「土方さん、お墓は一人で行っちゃいけないって、母ちゃんに教わらなかったのかい?」
「…お前こそ。」
「オレは幽霊なんて信じてねーからさ、」
「奇遇だな、俺も信じてなどいない」

掘りたての墓だったのか、足元の土はまだ柔らかかった。

「自分を殺した張本人が墓参りに来るなんて、死んだ奴は驚いてると思うけど?」
「志道を守れば死なずにすんだ」
「難しいって、そんなの…」
「死なない奴は死なない。死ぬ奴は死ぬんだ、どうせ」

月明かりのない場所は、息苦しさを覚える。
土の中の首の無い死体は、何日後から何日間かけて腐敗していくのか。掘り返して聞けども、死体は喋れぬ。

「あんたさ、何でそんなこと言うの?」
「誰も言わないからだ」
「それ、どういう意味だよ」
「情けをかけられると、人は死ぬことができねェって言ってんだ」

原田にはサッパリ、その意味が分からなかった。
狼狽の気味に見えると、思われたくない冷や汗が背中を流れる。積み重ねた物は何であったのか。

「ただの切腹じゃない。一度は隊規を守ろうとして儚く散った。情をかけたら成仏などできない」

追い迫ることは行脚を待つことに打ち消さるる。
風が蝋燭の火を揺らしているのか、自身の手が震えているのかは、墓石がよく知っている。

「殺しといてよく言うよ。土方さんが何を考えてんのかオレは分かンねぇ」
「分からなくて結構。俺もお前は理解できん」
「変わったな…。」
「何が言いたい?」
「あんたは人の皮を被った鬼だ」

墓場に笑い声が響いた。
低くもなく、高くもない男の声が空気に混ざる。

「鬼で十分」

墓石の前に置かれた花が泣いていた。一緒に赤目の鬼も泣いていたようにも思うが、黒髪は蝕むように肩から垂れる。

「なぁ左之助、俺は仲間を守るために感情を捨てたと言ったら、お前はそれを信じるか?」
「……信じるわけないだろ、そんなの…。第一、仲間の俺たちだって隊規にいつ殺されるか…」
「俺はお前らのこと信じてるよ、」
「…?」
「信じてるから、少しだけ甘えてた。分かってくれると、自惚れていた」
「……なんだよ、それ、……それじゃオレたちが…」

土方は黒下駄を鳴らし、愛想をつかしたように原田の横を通りすぎた。
赤目でもなかった横顔が、異様に頭に残っている。どうしようもない、それが似合っていたのだと感じる程であった。

「有難う、左之助」

あの日、夢を語った時のように、土方は切なさそうに微笑む。
人を憎み、嫌い、遠ざけるのは自身のような人間であった。いつ、"鬼"が人間を嫌ったのであろうか。もし人間が鬼の感情を無くさせてしまったのだとしたら、人こそ紛れもなく心に鬼を住まわせている。骨をも喰らい尽くす、残酷な半妖を面影に。

「じゃあな、"原田"」
「"トシさん"…!待てよ…オレっ、あんたに…!」
「お前も早く屯所に帰れよ、風邪引くぞ」
「トシさん……!」

ボトリ、蝋燭が落ちた。
辺りは真っ暗な闇へと変わり、足首を掴まれているような感覚さえある。
満月にも照らされない其処は、地獄の血海のようであった。ぐしゃり、落ちた蝋燭を踏むと僅かに蝋が石畳を滑り苦しむ。

訪れる空虚が、怖い。


「トシさん、すまない」


(俺たちがあんたを犠牲にして、俺たちがあんたを見てみぬふりしてたんだ。)
死んだ奴ひとりひとりに、花を向けたことがあっただろうか。

「昔から何も変わっちゃいなかったんだ」

土方の足音は無い。
空虚の中に涙が落ちる音は、きっと大きいのだろう。

と、置かれた花は眠る尸と共に嘲笑う。


end


>>凛様
リクエスト有難う御座いました!
特別出演、原田ということで主演の土方さんが脇役っぽくなってしまいましたが、土方さんは短時間で多くを語らず…それが彼なりのかっこよさであると思い、書かせて頂きました。(土方さんオンリーを希望しておりましたらば、誠に申し訳御座いません…。)

鬼副長と言われながらも規律を重んじる土方さんは、独りで相当怖かったのだと思います。
けれど副長として働き、副長として在らねばならない…。一番きついと思います。
そんな中でも、誰にも助けを求めず挫けず、土方さんは独りで生きている。けれどいつだって仲間のことを考えている。
感情だけは捨て切れなかった土方さんの哀しい心境と、土方さんの痛い心を助けてあげようとしなかった後悔だらけの原田、二人のすれ違う話でした…。

自身が傷付く中でも、ビシッと言葉を冷たく吐き捨て強がる土方さんはかっこいい男だな、と。

人間の感情とは何を意味するのか、適当に考えながら読んで頂ければ幸いで御座います…。
どうもでした…!


130303











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