「不破ちゃんのさぁ、その時計可愛すぎ。それ新しく買ったの?ピンクの。前は黄色とかだったよね?」 「あ、…はい」 パソコンに向かう不破ちゃんの白衣ポッケには、ドラえもんのボールペンが差してある。ポッケから下がる時計だって可愛さ十分なのに、ボールペンの可愛さは反則だって。 俺の顔を見上げながら戸惑っている不破ちゃんも、勿論可愛いったらありゃしない。 「鉢屋先生、職務妨害ですよ」 後ろから冷たい声がすると思ったら、ああまたコイツ。持っていたファイルで俺の頭を小突くと、白衣の襟を引っ張りやがる。 「なにすんですか」 「不破は今から申し送りがある。お前が妨害すると不破の仕事が長引く」 「妨害って…」 あんたも十分俺の妨害だっつの。白衣を下にクイッと引っ張りながら溜め息混じりに久々知を睨んだ。だけど不破ちゃんは助けて下さり有難う御座います、みたいな顔をしちゃってる。これイーイ感じに久々知がムカついてたまんない。 「あんたはいいよ、朝からズット病棟だもん。俺なんか朝から外来。昼からしか不破ちゃんと会えねーの」 「不破と会う会わないで仕事しに来てるわけでもないだろう?」 「好きだからしょーがないじゃん。そういうアンタだって不破ちゃんのこと…」 「薬の変更について話がある、申し送り前にちょっといいか?」 「あ、はい!」 カチカチとマウスで電子カルテを閉じるなり、不破ちゃんは久々知のヤローに着いていった。 つーか俺の話軽くシカトしたしアイツ。 「ちっ」 舌打ちをして椅子に座りくるくると回ってみると、三回転もしないうちに師長と目が合った。 「鉢屋先生、ここ今から申し送りに使いますので」 ナースステーションを追い出されるドクターっている?いないよね? アメリカ限定の心臓オペに使うステント入りのボールペンをカチカチしつつ、受け持ち患者の部屋を訪室した。 「体調どうですか?」 話かけると患者は笑顔で「お世話になりました」と頭を下げるんだ。ああこの笑顔好きだなって、医者になって良かったなって思う瞬間。 不破ちゃんだけが目当てで仕事しに来るかよ。ったく、久々知は相変わらず大学時代から鬱陶しい。まあ…、俺がオペした患者が不破ちゃんの受け持ちになるといいなーとか願いながらオペ後の手袋捨てるけどね。 受け持ち患者全員の話を聞き終わると、既に日勤ではなく夜勤帯の顔ぶれになっていた。 ナースステーション内にあるモニターの音がピッピッと正常な波形であるのを確認し、お疲れ様と声をかけて職員用更衣室へと向かった。 白衣をバサリと入れ込むと、ピンク色の聴診器がロッカーの扉にあたり揺れる。このピンクの聴診器を見て、まだ新人だった不破ちゃんは腹をかかえて笑ってたっけ。 「黒とか、ありきたり。俺ピンクとか好きなんだよな」 ロッカーを閉めると音が更衣室に響く。鉢屋と書かれたネームプレートの横には、ピンクの可愛い花マグネットがつけてある。 「ディズニーのシールとか、ロッカーに貼ろうかな…」 あ、前にラットフィンクのデカイステッカー貼って、理事長に怒られたばっかだった…俺って懲りない奴。でもディズニー可愛いじゃん、ベルとか。セクシー路線だとジャスミンかな。 そんなことを思いながらディズニーのDVDを借りて帰ろうと決心し、更衣室を後にした。 「鉢屋先生お疲れ様です」 声がした方を振り向くと、昼間とは打って代わり、ガランとした暗く広いロビーの椅子に不破ちゃんがいた。 「あれっ、何で!?まだ帰ってなかったの!?もしかして俺を待っててくれた?」 尻尾を振る犬みたいだって思われても仕方ない。 「俺さ、今からディズニー見ようと思って」 「ディズニーですか…?」 「DVD借り行くんだ。不破ちゃんも一緒に見ない?好きでしょ?」 「鉢屋先生って、面白いですよね」 何でか笑われちゃったけど、玄関口の外で車のクラクションが二回鳴った。それと共に、不破ちゃんは俺に頭を下げて駆け足で出ていく。 「…あ」 黒のBMW、俺の大嫌いな車であり持ち主も俺の大嫌いな奴。しかも不破ちゃんはその車の助手席に乗ると、車は躊躇わずに発車した。 「ああもうっ」 やっぱ今日はジェイソンとかそういうグロテスクなDVD見てやる!むしゃくしゃする! 「久々知うぜー!」 バッと両手を上げながら半分叫ぶと、俺の隣を通過しようとしていた人とバッチリ目が合う。 理事長なら死んだと思ったけれど、ボサボサ頭のモサい奴だった。 「あれ、小児科医の竹谷せんせーじゃん。今帰り?」 「ちょっと病棟に急変があって…」 「てか聞いた?久々知うぜーっての」 「ええと、一応」 ああ、俺ってば周りちゃんと見ないから。この間師長のこと年増だって独り言ボソッと言ったら真後ろに居たっけか…?コワイヨネー。 「ちょっと竹谷せんせーは俺の同志ね」 「ええっ?」 「そこの自販機でコーヒー奢りますよ。100円のやつね、120円高いから」 「あの、俺コーヒー飲めなくて…」 「なにそれ!その時点で100円とかないから!」 「午後の紅茶でいいです」 「それ150円じゃん!」 全く病棟でも会わないし医局でも顔合わせること滅多にないけど、その後二人で飲みに行っちゃったわけ。で、そこで不破ちゃんの話ふると竹谷せんせーってば、不破ちゃんが初恋の相手だとか言うから…。 「ああもう、世間わかんね…竹谷せんせー150円返してぇ」 「嫌ですよ」 とりあえず今日は悲恋ものを借りて見ようと思った。それでもやっぱ一人は寂しいわけでありまして…。 「竹谷せんせーウチ来る?」 「いいんですか?」 「うん」 二人して悲恋のDVD見て二人で泣いて、あまりにも切なく胸が締め付けられた結果、朝方に二人して呟いたのは「一人身で良かった」それだけ。 「今日はさ、不破ちゃんのこと忘れて男二人で盛り上がろうよ」 「仕事休みなんですか?」 「竹谷せんせーは?」 「休みです」 「うわ、気ィ合うねー」 「そうですね」 よく分からないけど、たまにはこういう日も悪くないなって思った。 恋愛にはついてないけど。 「ま、いっか」 医局で会ったら今度は竹谷せんせーって、手を振ろうかな。目ェ悪そうだけど見えるよな。 医局つっても、どこの机なんだろ。 「やべー、俺ってば竹谷せんせーのこと凄く好きになっちゃったかも」 ふふっと笑うと、竹谷せんせーも一緒に笑った。 「俺、ついてるかも」 そう感じたことに間違いはないんだって。 (食堂とかで、たまに見かけてたのかな) 思うのはそればかりだった。たまにはいいよね、たまにはね。 end リクエスト有難う御座いました! 医者パロ、コメディみたいな感じで書きました。何故か気が合っちゃった鉢屋と竹谷。鉢屋に関してはチャラチャラだけど本気で医者してる奴です。久々知はエリート。竹谷は和気あいあい小児科医。雷蔵は白衣の天使´`* 気だるさとか実際の本音とか、少し鉢屋語りで出してみました;妙な日常的オチですみません;でもそんな4人を書けて楽しかったです!男の友情が芽生えました´` 100925 ← ×
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