「それ、さっきも歌ってた?」 「うん、そう」 頷いて鉢屋は右手で赤い花を握り潰した。すると、それはパラパラと小さな円を描き、雷蔵の膝の上へと堕ちて死ぬる。 死ぬる前は椿として生きていたのではないか、だが、鉢屋は笑んでハッキリと答えを否定した。 「牡丹だよ、赤いの」 「ふうん…でも、僕はメジロまで堕とせとは言ってないよ」 「雷蔵、表菅原さ」 「冗談が好きだね三郎は」 殺す時点で冗談などではないことぐらい、雷蔵には分かるようで分からなかった。 少しだけ肌寒いと思い、歌い続ける鉢屋に声をかけてみるのだが、機嫌が良いまま動こうとはしない。 「さぶろォ」 生暖かい赤い糸を引っ張ってみても、存外など難しいまま掌は朱色に染まる。下駄は暗闇に浮いていた。 「もう諦めたんだ、数えるのは」 「なんのこと?」 「数える間にまた殺したら頭の中がワケわからなくなる、どうしようって思う」 雷蔵は困った顔で鉢屋の困った顔を思い浮かべた。見たこともない顔になっていた。 「雷蔵、椿と黒椿と千寿、向陽烏丸百合椿式部赤寺舞、朱雀門待ち人黄泉銀花、ほらもう数え切れない」 「…猫は?」 「ええと、ひとつふたつ、あれ、三匹?いいや、六個だっけ」 「じゃあそこらへんに転がる白い人間はどうなの、」 「三十九体。」 「体じゃないデショ、体から切り離してるンだから」 言うと軽々しく三十九までを楽しく歌い出す有り様に、雷蔵はフフと笑いたくなる。 そして腐敗経過の一番最期である躯を撫でるのだ。髪の毛すら抜け落ちてしまった後は白を魅せる。それは大好きだったが、三郎は腐敗だけを好んだようだった。 「もうお部屋に帰ろう」 「ちょっと待ってよ雷蔵、今ここから下りたら首吊りもいいとこだよ」 首に巻かれている赤い糸を指差す。その先は三味線に繋がっている。 雷蔵は黒い三味線を木の根元にゆっくり置いた。それでも勝手に一人で奏でだすので、鉢屋は赤い糸を切ってしまったと言う。 「帰ろうか」 「うん」 下駄で歩くたびに臓器を踏む感触を、些か好きではないことぐらい知っている。雷蔵が撫でていた白い古びた頭骸骨も、全ては少しの間さようならと言うことである。 先に唄い出したのは、鉢屋の方だった。 「それ、さっきの歌?」 「違うよ雷蔵、これは人を拐う歌。まあ歌というよりは唄なんだがね」 「へえ」 振り返ると幾つもの首がこちらを見ている。見事に宙へ浮いているものさえあった。やはり、赤い糸と繋がる場所は首ではなく首の中になる。 「三郎は首に赤い糸なのに、あちらさんは首の中から赤い糸、三郎どうなってらっしゃるの」 「上手く首を切るとああなるんだ、赤い糸ではなくてアレは背骨だよ」 空耳のように返事はしたが、いつかあのように鉢屋も為ってしまうのではないかと雷蔵は思った。何かを紛らわしたいと、雷蔵は花弁だけを見つめるばかり。 花の蕾が手鞠に見えたが、手鞠は腐る程持っている。ぶらんぶらん木から下がる首を、手鞠にする具合は腐る程知り尽くしてしまっていた。 「三郎、お部屋に戻ったらあや取りしよう」 「えー、あれ指切り落としちゃうんだよね、でも指のいち二本ぐらいいっかぁ」 「三郎ったら、もう後一本なくしちゃうと全部指亡くなるデショ」 「そうだったねえ」 血が滲み出る部屋の襖を閉めると、冷えた血は部屋に戻って行ってしまった。 首がギチギチと歯ぎしりをし出すのは、毎日夕刻の鈴虫と同じである。 end リクエスト有難う御座いました! 私的に結ンデ開イテ羅刹ト骸を聴いて、直感で感じた雰囲気をそのまま書かせて頂きました;おのぞみ通りになっているかどうか分かりませんが…(貴女様と全く違う感じでしたらばスミマセン!) 凄く楽しかったです!初めて聴いたのですが、曲にもハマってしまいました´`*有難う御座いました(笑) 100314 ← ×
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