「朝がこんなに憂鬱だとは…」

起きてスグに呟いた。
第一、自由気ままな彼の口から"憂鬱"という言葉が出てくる事じたい、真っ当におかしい。そう思ったのは、沖田の同室者である斎藤だった。

「沖田さん…疲れているのか?」
「…うん、少し。いや、大分」
「何か無理でも…」
「ううん、何でもないよ」

気にしないでといつもの笑顔を向け、顔を洗いに行こうと部屋の障子を開けた。瞬間、女より甲高く女より可愛い声が部屋中…いや、屯所中を占領する。

「沖田さんおはようございまぁ〜す!!」

声の主は、女より女と言っても過言ではない三番隊所属の加納惣三郎である。
今日も長い漆の髪を右で一つに束ね、紅色の紐で蝶々結びにしていた。気合いが入っていると言えば気合いが入っている。

「加納君おはよ…今日も早いね…」
「だって沖田さんと一緒に朝日を見ながら顔を洗いたかったんです」

加納の言葉を聞き、ぶしゅっと沖田の後ろ、まだ布団の中にいる斎藤が鼻水を噴き出した。お前その格好からして顔洗い二度目だろう、絶対待ち伏せしてただろう、と斎藤は思った。だが口には出さない。彼は無口で有名である。

「早く行きましょう」
「う、うん…」

踊るような加納の足取りに比べ、沖田の足取りは重い。そして無意識に青空を見上げた。――どうしてこんなことになったのか…

「おう総司!加納!朝からさっそく二人か!」

そう、深い原因は肩に手拭いを引っ掛け能天気に手をヒラヒラふる男、原田にあったのだ。
沖田は原田を見つけるなり、縁側を飛び降りるようにして駆け寄る。今にも泣きそうな顔だ。

「原田さん…!原田さんがあんなこと言うから!」
「何だよ総司」
「あんなこと言うから加納君がっ…!」
「ん、何て言ったっけ?」

どうやら"あんなこと"に爆弾を抱えているらしい。しかし原田は何も覚えていないようだ。白々しい、彼にそのような言葉は存在しない。夕べのオカズは忘れる朝食のオカズは忘れる今さっき食べたものも忘れる、こう永倉が原田について呟いていたことを、沖田は今更ながらに思い出してしまった。

「沖田さん、顔洗いました?なんでしたらば私がそのお顔をお拭きしましょうか?」

上品に井戸端へパタパタと加納が走ってくる。その走り方は女そのものだ。これで新撰組に所属しているのだから不思議である。何でも、男という事実を知らない…いや、認めない輩もいるようだ。

「いっ、いいよ顔ぐらい自分で…!」

沖田は生まれて初めて高速顔洗いをしたと実感した。

「さ、顔を洗ったら朝食に参りましょ!」
「え、あ、ちょっ」

手を引っ張られたまま、嵐のように去っていく二人をニコニコ見つめる原田だった。…が、その原田の後ろで腕を組み、殺気をプンプンと漂わせる男が立っている。

「うおッ!はじめちゃん怖ェーじゃんか、いきなり背後から登場しないでくれよ…」
「おはようございます原田さん」

寝癖が少しついているものの、礼儀正しさと殺気は十分。斎藤は転がっていた桶にドスンと片足を乗せると、真っ先に原田を睨む。

「な、なんだよ…」
「お聞かせ願いましょうか」
「え?」
「何故に加納が沖田さんにベッタリなのか。そして沖田さんが言っていたあんなこととは何なのか」

逃げられんとばかりに言われては、思い出す他なかった。眉間に皺を寄せながら頭をひねる原田であるが、中々原因が思い浮かばない。

「思い出すまで聞きますよ」
「勘弁してよはじめちゃん!腹減ってンだぜ」
「原田さんだけお腹が減ってるわけないです、皆同じです」
「覚えてねぇよぉ…ただ加納が総司のこと好きっつったからさ、好きなら押して押して押しまくれ☆って言っただけだ」
「それ!!」
「…は…?」
「原田さん、貴方って人は予想外な塊だ。阿呆なのか馬鹿なのか…」
「え、何て言った?」
「聞こえてなかったら良いんです、一件落着にして下さい」

それからすぐに斎藤は立ち去った。井戸端に取り残された原田は、思い出したように朝食へ急ぐばかり。
つまり、沖田が言っていた"あんなこと"の原因とは、原田の軽い一言にあったのだ。一言と言えど、恋する相手を本気モードにさせてしまう。
――このように。

「はい、あーん」
「ちょっと待ったァ加納くん!!」

朝食時の風景に至るわけだが、どうにもこれは落ち着かない。
いつも沖田の隣は斎藤だったのだが、今日は朝イチでこんなことになったため、横を向けば果てしなく桃色のオーラが続く。
切れ長で少し眠たさそうな目の斎藤ではなく、パッチリくるくるした大きな目を持つ加納が横にいる。

「あの…朝食取るのにお膳が私の目の前に無いとか前代未聞なんですけど」
「嫌だ〜沖田さんったら、惣三郎の目の前にありますわ〜」
「どうして!?もうその時点でありえないよね!?」
「だからあ〜んして差し上げます」
「強制あ〜んなの!?」
「いいじゃないですかぁ、腕が無くなったと思えば全て解決しちゃいますよ」
「目の前に腕どころか指10本ちゃんとあるけどね!冷や汗的な変な汗をかいた手が膝の上にね!!」
「…沖田さん」

低い声に、変な方向へ行った盛り上がりの声がピタリとやんだ。

「は、はじめくん…!」

そこには救世主が立っていた。沖田からして見れば、仏よりも崇拝したい人材だろうが、加納からして見れば、緊張が走る隊の組長でもある。

「加納、沖田さんが嫌がっているだろう」

グイと沖田の手を引っ張るなり、斎藤はそのまま廊下に出た。
後ろから、女のような声と女のような走りっぷりで加納が二人を追ってくる。
待ってくださいと言っていた声が、廊下の曲がり角を曲がった途端、悲鳴に変わるまで時間はかからなかった。

「キャ――!」

ドスンと大きな音が立つ。沖田が驚いて振り向くと、そこに加納の姿は無く、ただ廊下の床板が抜けているだけであった。

「こんなこともあろうかと、廊下の床板を抜いて置きました」
「一君!?」
「永倉さんと平助をいつか床下に落としてやろうと思って…、日々温めていた罠なんです」
「日々温めていたネタです的な発言だったよね今!?」

バッと斎藤の方を向くと、今度は斎藤が視界に入らない。――次の瞬間、足下からビターンと蛙が張り付いたような音がした。
なんと、豪快に斎藤が廊下に倒れているのだ。やっと床下から這い上がってきた加納は、そんな滑稽である斎藤の姿を見るなり口許を緩めた。

「こんなこともあろうかと、廊下の一部を踏んだら床下が抜けて転けるようにしておいたんです〜」

フフッと笑って見せる。挑発たっぷりな顔だ。対する斎藤はと言うと、むくりとゆっくり起き上がるなり冷たい顔を向けた。

「加納、道場に真剣を持って来い。血祭りだ」
「望むところです!私負けませんから!」

スイッチが入ってしまった二人を、もう止めることなど出来ない。完全に纏う気が既に血祭り状態だ。

「道場で真剣は駄目だよ!せめて木刀で…!」
「木刀で肉は斬れませんよ、沖田さん」
「何でそんなに本気になるの!加納君は一君率いる三番隊の仲間だよ…!?」
「いいんです。加納の分まで俺が人一倍頑張ればいいんですから」
「健気に怖いよ!」
「気にしないで下さい。道場でかく汗が少しだけ赤色に変わるだけです」

斎藤は沖田に微笑むと、加納と道場へ行ってしまった。
「オカマをナメないで下さい!」
と、必死に訴える加納であったが、オカマとは何よりも打たれ強い生き物なんだと沖田は学習した。

「オカマって凄いな…」

ポツリ呟く。



――この日を境に、沖田はもちろん斎藤にも惚れ、益々恋に輝く加納であった。

end


リクエスト有難う御座いました!
加納と沖田さんだけのギャグにしようかと思ってたんですが、回りを巻き込みながらのギャグが新撰組っぽいかなぁと思いまして;
ちょこちょこ他のキャラも出してみました´`*一ちゃんは相変わらすです(笑)


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