「ギャ―――――!!触んな!!」 ドゴッと鈍い音が鳴った瞬間には、虚しくも永倉の顔は既に天井を仰いでいた。 「ギャアアアアお前何すんの!!鼻折れた!絶対折れたコレェ!」 「貴様の叫びはコッチの叫びだ馬鹿!ハゲ!」 斎藤にハゲと言われた永倉だったが、顔面に鉄拳を入れられた事がどうやら致命傷のようだ。 顔を両手で覆い、布団からゴロゴロと脱線した。永倉の身体が離れた事をいいことに、すかさず斎藤は布団を頭から被り、外界を塞ぐ。 息を吐くと温かかった。ただ布団の中では自身の鼓動が聞こえるだけである。 「……いきなり、するからだ」 小さい声は籠ったまま弱々しく響いた。 布団をぎゅっと握った斎藤の手には、必死に力が込められている。そのおかげか、長くもない爪は真っ白だ。しかし名残惜しくも、その手を掴んでしまいたいと永倉は空虚を掴んでみせる。 「…お前に、了承を得れば良かったのか?」 身体を覆う布団に話しかけるが、どちらを向いて拗ねているのか全く分からなかった。ただ布団から覗く足と先程掴みたいと思った手の向きから、背中を向けていると知れたのは胸が締め付けられてからである。 「阿呆、良くない…」 細々とした声だ。 永倉は胡座をかいて頭を落とす。左足の爪先は、布団の上に乗っている。 「じゃあどうすりゃ良かったんだ、馬鹿」 ため息は深い。どうすることも出来ないまま、ゆっくりと壁を見た。顔の輪郭の影が揺らめいている。 (鼻、曲がってないよな) 指先で確かめて、回想を起こしながら今はマシだと自分自身に言い聞かせた。 ずっと前に、こういう言い合いから斎藤を拗ねさせた事がある。その時は自分に悪態をつくほど後悔したことを覚えている。 (喋ってくれなくなるのは、あれは、嫌だった。寂しかった、ような気がする) あの時のようにまだ拒否をされていない分、背を向けて顔を見せてくれない方が全然いい。 永倉自身、どうやって仲直りをしたのか、もしくは今からどうやって行えば良いものか、本人が一番よく分かっていないのだ。 ――そんな時、バサリと音をたてて布団が捲れた。 「聞くな触るな一回滅びろつるっぱげ!」 眉を寄せた斎藤が顔を出して目を合わせてくれたはいいものの、何とも辛辣な言葉が永倉を刺す。 「つるっぱげ…!?!?」 あまりの唐突さに、虚しくも暴言を繰り返した。仲直りの事など忘れ、すかさずハゲてねぇ、つるっぱげでもねぇと叫ぶが、斎藤はお経のように暴言を唱えるばかり。 「出家はいつなさるんですか」 「うるせえ!しつけえな!!」 「少し先の話をしただけじゃないですか」 「少し先の話って何だよ!俺にハゲ経過の道を歩けってか!」 「だって、ハゲは遺伝です。永倉さんのお父様は綺麗にハゲかかっていたでしょう」 「テメー俺の親父の何を知ってんだ!!つか月代だから分かんねぇよ!!」 「ほら、立派なハゲじゃないですか」 「ちげーよ!じゃあテメーの父親はどーなんだよ!」 「月代ですけど?」 「あああああホンットむかつくお前ええ!」 拳を握り、畳を叩く。すると壁の影は大きく動き、枕元に置かれた着物に映って模様を作った。脱ぎたてのように乱雑に投げられた緑色の着物と、きちんと畳んである紺色の着物は、まるで正反対の二人を示すかのようだ。 湿った冷たい空気に身を晒す斎藤の肩は、やけに青白い。対し、自分の肩を見てみれば、やけに傷の多い肩だと永倉は思う。 「…寒いな」 「そうですね」 「お前布団きてんだろ」 「寒いですから」 「おい、いい加減拗ねんのやめて入れさせろよ」 「ド変態!」 「ばっ、ばかやろ…ッ!そっちの入れさせろじゃねーよド阿呆!!」 筋肉が隆起した肩が上下に動く。喉の奥から、ハアハアと吐息が出た。 (ああ、さっき) さっきもこんな吐息が出たと永倉は思い返し、腕の中にいた斎藤もこういうふうになっていたと思い出す。 「…はじめ、」 前髪が、額をパラリと滑り落ちた。 口角が緩むと共に目元も優しく微笑み、端正な顔は求める身体と一緒にこちらを向く。 「いいですよ、入って」 普段黒だとは思わない髪が、余計に黒く見えた。飲み込みを許される筈の唾でさえ、飲み込めないまま舌を滑る。 永倉は膝に手を置いて斎藤を軽く見下ろした。 「お前、怒ってないのか」 「怒ってますよ?」 「だよなぁ…」 不意打ちのような口付けが、斎藤は一番嫌いだった。互いに所有しているものが違うからこそ、いっそ全て所有してしまいたい。 (余裕がないのは、苦手だっただけだ…) 一枚の布団に入ってくる永倉の腕に触れながら、斎藤は何度も何度も謝った。声に出して言えないせいか、目はどうしても合わせられない。間が怖いせいか、何かして欲しいと思った。 (何でも…?) 「嫌いじゃないから困るんだ」 永倉の冷えた身体が冷たい。これじゃあ足先はもっと冷たいのだと、するする足を絡ませてみる。案の定、結果は広がっていた。 「…はじめ?」 「永倉さんは本当に馬鹿だな。俺が言ったのはそっちの"入って"じゃないよ」 少しだけ沈黙を通して、小さく「おう」と呟いた永倉は、さっきから掴みたくて堪らなかった斎藤の手を優しく掴んだ。 そしてもう一度、了承も得ずに口付けをする。 「怒らないのか?」 「怒んないですよ、寂しいから」 唇を這わせた肩は、青白くも何ともなく、ただ紅くに染まって情事の深さを極めている。 腰に回された永倉の腕は、既に温かかった。 end 杉田様リクエスト有難う御座いました! ギャグでラブラブというリクエストなのに、エロも入れてしまい誠に申し訳ありません…!下ネタ系お嫌いでしたらば本当に申し訳ない限りです; 私、こういう永倉と一ちゃんを書いたことがなかったので凄く楽しかったです!機会を下さり感謝しております´`* 100609 ← ×
|