「遠慮せずに食べろよ!」

腰に手を当てて声を張り上げたのは、白い前掛けがよく似合う原田だ。
道場に集められた皆の前には、数々のオカズと言って良いものかどうかの判断が難しい、そんなものが並べられている。どうやら原田の自信満々な顔からして、これらのものは原田が作ったようだ。

「遠慮せずに食べろって…これ黒焦げの塊?竈の掃除でもしたの?」
「平助ッ!」

慌てて沖田が平助の口を手で覆う。だが、皆言いたいことは平助の発言と非常に似ている。
沖田は近藤が山南と町まで芝居を見に行ったことに、盛大に安堵していた。そして師匠である近藤周助と妻のふでも外出していた事に、大きな溜め息をつき二度も安堵を得たのだった。
しかし試衛館に残された者が料理を作る。こういう事になってしまったわけなのだが、意気揚々に引き受けたのが原田という至上最悪の創作料理人である。

(あれ、ちょっと待って)
もっともなことに気付いた沖田は、回りを見渡しながら一言呟く。
「私たち、もしかして逃げられない…?」
その現実的な沖田の呟きに、隣に座る山口は静かに頷いた。

「逃げられないというか、逃がさないだろうな」

山口は意味深な言葉を残し、沖田を動揺させる。そして左人差し指をスッと上げ、道場から見渡しの良い庭を示した。
なんと、そこには炎天下の中に踞る井上源三郎の変わり果てた姿が存在していたのだ。身体が小刻みに震えている。聞かなくとも、犠牲の第一人者である井上は、もう助からないと簡単に悟る事が出来た。

「井上さんは原田さんから味見役を任命されたんです」
「それであんな事に…!?」
「いえ、さっきまでは顔が青くなっただけでしたが…、ゲテモノ的な食材を口にしてから喉につかえたらしく…」
「ゲテモノ的な食材!?」
「気持ち悪くなった気分を紛らわそうと、庭に出た瞬間からアレです」
「一君、源さん食中毒とかかな…」
「いや、ゲテモノ食材が太陽光に反応して体内で反発し合ってるんでしょうね」
「何それ兵器じゃん!」
「そうですね」

山口一という男は如何なる時でも冷静沈着である。が、気づけば沖田の隣で顔色一つ変えず、原田の料理した焼き魚(白身魚)をパクパク食べていた。

「一君!?源さんみたいになっちゃうよ!?」
「いや…これだけは無事です。原田さんは伊予の出だ、魚の焼き方だけは上手い」

それを見ていた平助と永倉が騒ぎ出すのに、そう時間はかからなかった。またいつものように賑やかな声で、すぐに道場は包まれ始める。

「ズルいはじめ!一人だけマシなもの食べて!」
「てめぇ!俺らを死なしてぇのか!」
「…死ねるもんなら食ってみろ、底意地の悪い生命力を持っているアホのクセに」
「お前いま何か呟いたよな?」
「いいえ?」
「いーや!俺の悪口的な何かを呟いたね!」
「まさか、永倉さんの悪口なんて呟きませんよ。平助の悪口的な何かは呟きますけど」
「何それ!僕の悪口的な何かを呟くのもやめてくんない!」
「うるさい黙れアホパチが…あ、間違ったアホ平助」
「ちょっと待てぇええ!今パチっつったろ!?丸々俺の悪口的な何かじゃねぇか!」
「違いますよ?」
「うるせぇぇぇ!名前にパチつくのは俺しかいねぇだろうが!!」
「いますよ、左之っパチ…あれ、これは原田さんと永倉さんの総称でしたね」
「てンめぇぇぇ!!!!!」

日常と言える相変わらずの言い合いに発展し、永倉の怒声が屋根を貫く。
沖田が必死に永倉を止め、いつもの追跡という名の暴走鬼ごっこは免れたが、永倉の怒りはいつだって止まらない。息が合う時は素晴らしく合うようなのだが、この二人はよく分からない。実は本人たちもよく分かっていないようで、それ以上に山南だけは何故かよく分かっていたようだった。

それもこれも、正月の酒の席で「永倉君も山口君も痴話喧嘩はやめて下さいね」と発言した山南である。どうやら山南の判断によると、喧嘩するほど仲が良いらしいのだ。
これを聞いて案の定例の二人は掴み合い徳利の投げ合い皿の投げ合いを行って、正月早々ふでにこっぴどく怒られていたのだが…。後は酒に酔い、お互い肩を抱いて寝ていた程である。
(仲、良いのかも)
回想しつつ沖田も軽く頷いた。

さてそれはさておき、今はそういう問題ではない。
「ったく、俺の料理がそんなにおいしいからってなぁ、新八も一ちゃんも争いはやめてくれよな!」
軽く勘違いを起こした原田を目の前にして、食べないわけにはいかないのだ。

「どうするのハジメ!原田さん更なる勘違いしちゃったじゃん…!」
「じゃあ平助、お前がこの哀れな食材たちを美味しく頂けばいいだろう」
「なっ…あり得ない!僕まだ死にたくないもの!」
「それはこっちの台詞だ」

じゃあ源さんはどうなるの、そう心で囁いてみた沖田だった。

「どうするよ総司、左之のやつ俺らが食べるまでニコニコ対面に座ってるぜ」
「うう…原田さんに悪いしなぁ…、ここは食べるしかないですよ永倉さん…」
「そう、だな…」
「大丈夫です、永倉さんは誰にも負けない強い胃をお持ちです。三日前に食べた豆大福、アレ腐ってたんですよ。近藤先生が楽しみに残していた秘密の惨劇の"結果"です」
「マジかよ」
「マジです」

永倉と沖田のゴニョゴニョな会話を見るなり、原田のニコニコな笑顔はレベルアップするばかりだった。全ては「何食べようか総司」「そうですね、迷いますね」「みんなうまそうだ!」「うまそうですね!」と会話をしている、そんな原田の勘違いが元凶だ。
原田は前向きなイイ男だと思っていた永倉も、今では青い顔で前向きすぎだろ…とか思っている。

「ねぇハジメ、どうしよう」
平助は冷や汗を垂らしながらも、グイグイと隣に座る山口の袖を引っ張る。

「なんだ」
「何か食べないと原田さんに悪いよ…」
「だったら目の前の黒と茶色の融合物体を食べればいいだろうが」
「無理ッ!絶対即死しちゃうもん!」
「お前はワガママばっかりだな」
「ね、今はじめが食べてる白身魚、少しわけて…!」
「駄目だ。俺は三度の飯より白身魚が好きなんだ。貴様にやるような代物ではない」
「一君…その白身魚、私にわけてくれないかな?」
「いいですよ沖田さん。俺は白身魚が日本一嫌いなんです。あっ、虫の次にですけどね」

白身魚が乗せられた皿は簡単に沖田へと流れる。4人とも、白身魚に意識がいってしまっている。
「何だよ魚ばっかり、他のも食えよ」
そう言った原田の言葉に、4人は揃いも揃った声で告げてしまったのだ――。


「食べれるようなマシなものないじゃん!!!」


ここから先の原田の暴れっぷりは語れない。
芝居を見てホクホクで帰宅した近藤と山南が見たものは、源さんの干からびた姿と道場に散らばった皿と茶色や黒の物体。
「誰だ道場にうんこを投げ入れたのは!」
近藤の率直な突っ込みに反応したのは山南だけで、その他は誰も反応を示さない状態であった。

というよりか、道場の縁の下に引きずられたような形跡がある事に、少なからず大きな恐怖を覚えた近藤と山南である。
恐る恐る覗き、五体の変わり果てた姿を見つけてしまったわけだが、何故縁の下で朽ち果てていたのかすら分からない。

その後にすぐ周助とふでが帰宅し、道場を目に入れ一瞬でふでの怒りは爆発した。
縁の下から五体の若者を片手で引きずり上げるなり、鬼のように問い詰める。

だが、延々泣き続ける原田に、真相を語らず謝り続ける永倉と沖田に死んだ魚のような目を向ける山口と、小刻みに震える平助。
この5人組が何をして何が起きたのかは、迷宮入りとなってしまった。



――後日、

「道場がうんこまみれで皆は縁の下だ!どうしようトシ!怖くて眠れない!」
「かっちゃん…ワケわかんねぇよ…」

勘違いと共に一番焦っているのは、何故かお守りと土方の手をぎゅっと握りしめる近藤であった。

end


リクエスト有難う御座いました!
みんなでギャグ、永倉と一ちゃんのやりとりや一ちゃんの平助と沖田さんに対する温度差ということで、滅茶苦茶楽しく書かせて頂きました!
試衛館=ギャグというイメージが取れません;なので試衛館で楽しく´`*いや、本当に楽しかったですどうもでした!


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