「何から話そうか」 ニカリ笑う男は、懐かしそうに目を細めた。その口元がよく似ていると女は思っていた。目元は母譲りだと何度も母の姉から聞かされていたので、覚えてもいない母の面影を一生懸命に探している。 「鴇色が凄く似合うんだ」 その日を振り返るように目を閉じる。まるで、昨日の出来事だと言わんばかりに、繋ぎ合わせる。 胸を高鳴らせながら、女は男の顔を見つめた。会えて良かったと思っているのだ、自分自身にではなく、目の前の男と男が愛した女のことを――。 「池田屋のな、褒賞金が出たから着物を買ってやろうと思ってなァ」 「池田屋…?あの有名な池田屋事件の?」 目を丸くさせて女は聞くが、昔話をせがんだのは自分だった。何より男が面白おかしく話してくれるので、飽きることはない。 「くく、信じられねェって顔だな」 そう言って男は無邪気に笑うのだ。その笑顔はきっと、母にも見せたのだと女は嬉しく思っている。女自身も、葬られた筈の御話が今この場で繋がることが、何より喜ばしかった。 「だって…今のご時世、腰から刀下げとる人おらへんもん」 「すっかり変わっちまったからな、池田屋事件なんて信じられねぇだろ?」 「うん、刀でホントに人が斬れるんやろか」 「その有名な池田屋事件で大活躍したんだぜ」 「ええっ、あの処刑された悪人のお方はんと?」 「近藤さんは大のお人好しってとこで、別に悪人ってワケじゃねぇんだ」 「そうなんや…」 自然と眉が下がる。 緩くなった羽織の結びをチラリ見るなり、お茶を一口飲んだ。まだ外は明るいが、生まれて初めてズットこのままでいいと女は心の中で唱えた。 そして、彼もそう思っていたらいいと、そう思っているのではないかと何度も何度も繰り返す。 「そんでよ、俺ァ女に贈り物とかしたことなくて、チットモ分からんから非番が同じだった奴に頼んで、呉服屋に行ったんだ。そしたらそいつ、嫌そうな顔してさ…まあ無理矢理付き合わせたんだけど」 「ふふっ、それ友達?」 「今はそう思うが、昔は友達とか照れくさくて言えたもんじゃねぇよ…」 「それ変やわ。そしたらそん人、今も生きてはるの?」 「ああ、警官してる。で、そいつ、呉服屋行ったら俺を差し置いて自分が好きな女の着物を見立てやがって」 「なんやの、無茶苦茶すぎ」 お腹を押さえて女は大笑いした。自分の知らない昔話がこんなに面白いとは、確実にそう思えて自身は幸せだと感じている。 (縁って、分からへん) 素敵でしょうがない。 「一緒に見てもらうつもりがよ、結局俺一人で選ぶことになっちまって」 「ほんま、おかしい」 「そんなわけで鴇色の着物になったんだ。そうしたら、あいつは泣いて喜んで…ああ自分で選んでよかったなって。」 「もしかして…そうするべきなんやって、そのお友達はん分かってたんやない?」 「そうかもなァ…」 酒をちょびちょび飲みながら、見せる表情は温かい。酌をしながら、つられて女も微笑んだ。 「"新撰組"って、今じゃ悪く言われてはるけど、ウチはええ人ばっかりやと思う」 「はは、有難ェ」 「ほんま誇りに思ってん」 「誇り…?」 「おとぉはんの娘ってこと」 言葉を失ったように、"おとぉはん"と呼ばれた男は唐突に黙ってしまった。大好きな酒を片手に、揺れもしない。かといって、表情は曇っているのかどうかすら、さっぱり分からない。 そんな男を見ながら、女は自信満々で話を続ける。 「おとぉはん、今度会う時はウチ、おかあはんの形見やってズット言われて大事に持っとった鴇色の着物、着るから…」 「……。」 「おとぉはんに見せたいから…また、会いに来てや?」 「……磯…」 ポタリ、男の目から大粒の涙が溢れた。 途端、崩れたように情けなく表情は変わる。子供みたいに口をへの字に曲げて、それでいて鼻水も拭わず涙を流し続けた。 「磯は、小常にそっくりだなァ…。鴇色の着物もよく似合うだろう」 「当たり前や、ウチは永倉新八の娘、役者の尾上小亀やで」 夕刻になってしまった小料理屋に、二人の笑い声だけが響いている。 やっと、失ったものを取り戻せたと――射した西陽が笑っていた。 end リクエスト有難う御座いました! 永倉のお話でお任せということなので、近藤さんの首級を探しに行って偶然に娘と再開した内容を書かせて頂きました´`* 男くさい永倉もいいけど、たまにはお父さんな永倉も…と思いまして´` 101003 ← ×
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