微風が軽い音を立ててやさしく吹いた。 外の闇の中で、ほのかに花明かりを感じる。竹林から流れる小川を筏に見立てるのならば、花が散りかかった後の気慨である。 「寒い…?」 透き通るような声が耳に降り掛かった。 腰を抱かれた上に大きな羽織を互いの身体にかけているのだが、これで寒いと言えば嘘になる。 しかし言ってみればどうなるのであろう――、斎藤は一呼吸おいて囁くように自答しながらも呟いてみた。 「寒い、です」 途端にぎゅう、とまた距離が一段と狭まる。 近付いたせいか、腕枕をされている手からそのまま肩を抱かれた。 「まだ寒い?」 「…あったかい」 よかった、と頭上から声が漏れた。生暖かい息が髪にかかり、密着している事を存分に知らされる。 「斎藤君、今日の日暮は綺麗だったね」 「はい、ゆっくり余裕を持って見たのは久しぶりでした」 「あれ、余裕だったのかなぁ」 服部の一言に、斎藤の顔がボッと赤く染まった。 その時の感覚や感情が全て蘇る。何かと、一途なものを消耗させて行く。我心を涼めていたいのに、焦るばかりか一縷の望みに等しい。 「穿った事を言ってしまったね」 僅かに腰を引かれた瞬間を、斎藤は気付かなかったわけではない。思えばこの太く大きな腕は、自分自身の身体を這うように、或いは蛇のように滑っていたのだ。 夕刻の茹だるような暑さの中で、未だ未だと求めてしまっていたのは互いの筈であった。 「斎藤君…?」 服部の背中に手を回すと、力を込めて着物を握りしめる。伝わる感覚が、熱い。沸いた感情に少しだけ任せ、服部は斎藤の背中を妖艶に撫でた。 「どうしたの?」 「鐘が、怖いんです」 「へえ…どうして」 「鐘を聞くと狐が化けて出てきそうで…」 「狐か、斎藤君は面白いことを言うね」 「終いには喰われてしまうんじゃないかって…ずっと小さい頃から…」 夕暮はとうに過ぎ去っている。京の町から少しだけ離れたこの場所は、竹藪がおいでと手招きをするばかりだ。 静かに微笑む月を見るのには、勿体無いほどの小さな寂れた宿であった。風鈴すら見当たらないのに、何処かで音が鳴っている。 「破鐘なんだ」 「われがね?」 「もうすぐ鳴るよ、月の傾きからして子の刻に近いからね」 「…服部さん、」 取り成すように思慮深く、心を包んでしまっては味気無い。艶書がゆらゆらと揺れて靡く程の風が、身体をじんわりと濡らす。 「大丈夫、私がいるよ」 一頻り斎藤の頭を撫でると、束縛した者のように接触をさすった。 クスクスと笑う声は、粗末な小洒落た部屋から出ていきはしない。 「斎藤君を喰らってしまったのは、狐じゃなくて私だったね」 「…なっ…!」 既にどうにもならなくなった事であるが、それでも先を求めたくて仕様がない。今更に反故だとは二度と口にもしたくはない。 ――損じて不用なのだ。 「ゆるがせにすべきではない。好きだよ、斎藤君が好き、愛してる」 闇花の夜露を切り裂いて、鈍い破鐘の音は鳴り響く。 今度こそ、自分から顔を上げて服部と眼を合わせ、それから伝えるべきことをちゃんと云おうと斎藤は思った。 (恥ずかしい、顔を上げたら唇が引っ付きそうだ、でも、もし口付けてしまったとしても…、しても…) (いいの、かな…) end リクエスト有難う御座いました! 大人の色気ムンムンってことで、真夜中に人里離れた宿で二人抱き合っているという設定にしてみました(笑)月夜の下で寝転がる二人とか、エロいと思うんです。額にかかる髪とか、腕枕とか。 何気なくサラッと愛を囁く服部さんもエロいと思ったので…!凄く楽しかったですリクどうもです! 100804 ← ×
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