優しく撫でる。
そのせいで、記憶を無くしたように深海に落ちて、もう底からは上がれない程に――。


厚い胸板に頬を寄せて抱き合っているのだが、どうにも落ち着くと、呼吸がくすぐったい。
そればかりか、そのままに挿入されたものが不思議に一体感を保ち、ドキドキと鼓動だけが高鳴っていた。

「寝ちゃった?」
「…いいえ?」
「疲れただろうから寝ていいのに、このまま」
「このまま…」
「うん」

子供が悪戯を仕掛ける前にする笑みを、時折見せる。黒いスーツに包まれていては分からないが、柔らかな人だと雷蔵は印象を受けていた。

「ねえ、1日にどれぐらい男の相手をするの?」
「え…と、」
「聞かれちゃまずい?」
「あの…」
「そういえば、セックス久しぶりだったね」

鉢屋の大きな手が、するりと雷蔵の背中をなぞり繰り返しを続ける。
床に落ちた白い高貴な時計を歪むように見てしまっては、時間に削られて生きているようなものだ、過ぎ去ればそれは罪に変わっていた。生きた心地もしない空間が、どうしても存在してしまう。

「雷蔵…?」

輪廻に相応しいものは何もない。あえて考えずに来てしまった分、悪辣な感情だけが一人歩きを始める。それが切なさを呼び起こし、大切なものさえ失うような感覚に嵌まった。

「もうすぐお別れです」
「うん、金を積んできたから時間は気にしないで。ゆっくりおやすみ」
「お金ばかり…」
「え?」
「…鉢屋様とは売り物としてセックスしたくない」

ぎゅっと胸に顔を埋めると、肋骨が頬にあたる。呼吸をすると共に動き、今を実感する唯一の繋ぎを感じることが出来た。
ずっと握られた手からは、温かさがゆっくりと伝わってくる。

「雷蔵を売り物として扱ったことなんかないよ」

ルーム前の長い廊下から、足音と男女の声が聞こえた。二人とも安っぽい愛を吐く。形だけ繕って、多分さよならだ。ベッドに埋もらされて気付いたのは、安っぽい愛だけでは吐けない鉢屋の吐息と歪んだ表情である。

「俺は君しか欲しくないし、君にどんな障害があっても俺は手に入れるよ。本当は他の奴らなんかに触れさせたくはないんだ」

初めて聞いた哀しそうな声は揺れていた。
弱々しいキスだって、二回目でも何でもない。

「待ってて、」

きっといつかその日が来たならば、夜はシャンパンをあけてピアノを聴きながらゆっくりしようと言った。愛していると言おうと言った。



「待ってます」

太陽のように溢れる笑みを、その日を迎えるまで懸命に覚えているのだろう。
脱ぎ捨ててあるスーツの内ポケットから、鉢屋は指輪を取り出した。

「迎えにくるよ」

窓もない部屋で告げられた事が柄にもなく嬉しくて、それを幾度も唱えると指輪に口付けをする。
そしてまた手を握りしめると、愛し合う行為を既に始めてしまっていた。
(愛されている。)
「愛しているよ」

腰と首に回した手は、もう二度と離しやしないと耳元で誓ったのだ。


end


リクエスト有難う御座いました!
ストリッパーも商売っていうか、商売と客っていうだけの繋がりだけど鉢屋と雷蔵は違うよって言う…!そんな哀しさに沿って書かせて頂きました´`
鉢屋は有言実行なので(雷蔵にだけは)きっと迎えに来ると思います(笑)


100802











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