「眠いよ先輩〜…」

グテングテン首を左右上下に動かしながら、やる気のなさそうな声を四郎兵衛は出した。
それに苛々ときたのか、滝夜叉丸は夜明けも近い山の中で大きな声をあげる。

「うるさい!私の方が眠いっ!!」
「…あの、うるさいのは滝夜叉丸先輩の方ですよ、鼓膜が破れます。そういうキンキン声は山の頂上についてから出して下さい」
「なっ…三之助の癖に生意気だぞ!方向音痴のお前の命綱、誰が持っていると思ってるんだ!」

たった今牢屋から逃げ出して来たのかと問われるぐらい、麻縄は次屋の腰と滝夜叉丸の腰を繋いでいる。
その縄の間を引っ張りながら眠い眠いとぐずついているのが四郎兵衛で、金吾はというと滝夜叉丸の右手を掴み、離そうとしない。

「一人で歩け金吾」
「…嫌です。野犬が出たら食べられちゃいます」
「野犬が出たら私が輪子で追い払ってやるから」
「先輩、金吾が右手を掴んでるから戦輪投げれないっしょ。俺ら食われちゃうって」
「「わああああん!食われたくないよおお!」」
「コラ二人ともうるさいぞ!三之助も面白がって冗談を言うな!」

ギャーギャー言い合いながらも、一歩一歩道すら現れない山道を浸すら歩く。
体育委員会の面々ではあるが、その委員長である七松小平太の姿は見当たらない。元はと言えば、滝夜叉丸たちが山道を歩かされているのも、七松の山へ登ろう発言が原因である。
そしていつも委員長の勝手な行動と共に常に置いていかれ、後輩の面倒を見るのは滝夜叉丸の仕事だった。「だから私ばかりが疲れるんだ」と愚痴を同室の綾部にこぼす前までは、後輩に対して何とも思わなかったのだが、「みんな滝夜叉丸を頼ってるんだよ」という返ってきた綾部の言葉に、少しだけ後輩を守りたいという感情が出てきたらしい。
手を握って来る金吾の手を更に強く握っているのだから、離せないのは当たり前である。

「みんな怖がりだな」

次屋はクスクス笑って緩く伸びをしたが、突然前方から枝や葉を掻き分けて近付いて来る音が耳に入った。
相変わらず金吾と四郎兵衛は怖い怖いと泣きじゃくっていたし、頼りの滝夜叉丸はそんな二人に泣くなと叫ぶばかりだ。急に不安になり、とりあえず滝夜叉丸の袖を掴んでみる。

「せ、先輩…」
「ああもう、今度はお前か次屋!いきなり左腕を引っ張るな!」
「音がする…早く戦輪投げて」
「お前らが両手塞いでるから輪子が投げられないだろうが!」
「何だか食われそうな気がするんだって…!」

意味深な次屋の言葉の後に、ガサガサはっきり音が聞こえ、思わず叫んでしまった四人の悲鳴は山をも震わせた。
頭上を蝙蝠が忙しなく飛んで行く。



「おい、なに滝夜叉丸にしがみついて固まってるんだよ」

四人が瞑った目をゆっくりと開けると、そこにはきょとんと不思議がる委員長七松の姿があった。
暗闇でも分かるほど泥だらけではあったが、その笑顔は昼間のような眩しさを放っている。

「お前らが遅いから俺、一人で山頂まで行ってまた降りて来たんだ」
「じゃあ帰りましょう!?金吾と四郎兵衛がこんなに怯えてる事ですし…!」
「何が怖いんだよ?」

ニッコリと笑う底知れぬ体力の驚異を前にし、四郎兵衛と金吾は野犬が怖いなどと言えるはずもなかった。

「大丈夫!野犬が出たら俺が素手で追っ払ってやるからさ」

一番怖いのは七松だと次屋は思ったが、それは心の中に秘めておくものだと決意した。
「食っても美味しそうだしな!まあこれは冗談だけど」
次屋の言った冗談より、遥かに冗談であって欲しいと願うばかりの四郎兵衛と金吾である。


――

可愛い後輩の手を引きながら、徐々に薄暗くなっていく空を滝夜叉丸は見上げていた。
木上から身体をちらつかせる鼬も、夜が明けることを待っているようであった。

「お前らもう少しで山頂だからなー、しっかり歩くんだぞ」

さっきから優しく声をかけながら前を歩く七松が、滝夜叉丸にはどうしても不思議に映るばかり。
今更だが、七松は勝手に山登りを委員会活動に取り入れ、皆を疲労の渦に巻き込むのが得意だ。そして本人は無自覚である。
そんな遠い存在でしかない本人が、手を伸ばせば届く目の前を歩いているのだ。

「七松先輩って、こんな大きな背中でしたっけ?」
「何だ、滝夜叉丸は俺に背負われたいのか」
「背負われたくはありません!けど、こうやって前を歩いてくれる事はあまりないですし…」
「そうか?」
「だって、いつも私たちを置いて七松先輩は先に先に行くじゃないですか」

滝夜叉丸の言葉に、金吾はコクコクと無言で頷いた。七松は腕を組みながら何かを考えているようであったが、十歩進む間に肩を押さえ首を鳴らすと、嬉しそうな笑い声を漏らした。

「うん、だからさ、お前たちと一緒に朝日、見たいと思って」

照れ臭そうに頭を掻く。その言葉にいち早く反応したのは、目をキラキラと輝かせる金吾であった。
「ホントですか七松先輩!」
滝夜叉丸の手を離れ、今度は七松の腰に抱き着く。七松の大きな手が、金吾の頭をわしゃわしゃ撫でる。


「朝日、綺麗なんだよなー、早く皆で見ような」


振り替えって子供のように無邪気に笑った。
その笑顔に四郎兵衛と次屋の顔も朗らかになった事は言うまでもないが、滝夜叉丸も安堵に包まれたことに間違いはない。

「でも、毎回真夜中に起こされて朝日を見に行くのは勘弁ですからね」と口に出してしまうのは、もう少し先でもいいと七松の嬉しそうな顔を見て思ったのだった。


「七松先輩」
「ん?」
「私たち、体育委員でよかったなって思ってますよ」

滝夜叉丸の言葉に七松の頬が赤くなったのは、夜明けも近い刻だからであろう。

end


リクエスト有難う御座いました!
たまには先に突っ走らない七松をと思って´`*体育委員会は愛で出来ていると信じて疑いません(笑)


100620











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