「北部が墜ちました。いかがされますか」

ドアが開きブーツが床を鳴らす。その先に赤い絨毯が敷かれているため、その靴音は鎮まり返った廊下に寂しく響いた。

「殺されたのか」
「はい、鉢屋大将は銃殺されました。伊賀崎小佐は拷問の後、同じく銃殺された模様です」
「中将は、どうした」
「本部に死体が。こちらは自害されたようですね」
「…留三郎、が」

タイプライターで打たれた報告書の一枚を右手で差し出すと、残りのもう一枚を左手で差し出す。
何も移り変わりのない表情が、紙の表面を虚しく覆っているだけだった。

「海軍も全滅です」

グシャリと紙が泣く。
夕暮れに変わる高い窓の外を見ながら、立花は机の隣にあるレコードを、高級副官である中在家に回させた。
そして足を組んだまま、自分自身と椅子も音をたて、半回転を施す。
広い部屋に優しくも悲しいピアノの旋律が、ただ止まることなく流れるだけであった。

「葬送曲のつもりなのですか、立花元帥」
「馬鹿な、これは私の好きなChopinだ。死んだやつらになど、送るものではない」
「すみません…」
「お前が一番分かっている筈だ、喜八郎」

絡めた両手の上に顎をおく。ストレートの髪の奥から覗く瞳は、綾部の瞳を温かく揺るがしていた。
訃報だというのに、これからを恐れない顔はどのように映っているのだろうか、綾部はそのまま流した横目で中在家を見た。深く帽子を被っているため、後ろ髪を束ねた姿だけが目に映る。彼はレコード横の金魚鉢に手を当てる。流れるChopinの心地よさとは反対に、金魚鉢の中の拘束された白い金魚は、すぐに踊り狂って死んでしまいそうでもあった。

「どうした、喜八郎」
「いえ、何でもありません」
「…絶望しているのか?これからの行く末に」
「いいえ、食満中将は何故自殺をしたのかと考えておりました」
「そんな事か」

クッと喉を鳴らして笑うが、どことなく立花の目は冷徹であり、そんな目の彼を綾部は不可思議に思うばかりだ。
灰色は何も映さない。何も、映してくれはしない。しかし何処かに温かみは在る。何故だろうと考え、綾部は思い出したように顔をあげた。

「北部の生き残り兵士が船で帰還中のようです」
「生き残りが、いたのか」
「帰還したら再び軍の形勢を立て直さないと行けませんね」
「いや、その必要はない」
「何故…ですか?」

何故は二度目、中在家に目を移すと、懐から包み紙を取り出しているところであった。

「還らないだろう、海の藻屑となるさ」
「藻屑…」
「海軍は全滅したんだぞ、あからさまに海は何の保証も存在しない」
「……。」
「まあ、陸軍の奴らは不服と恐怖だらけだろうな。海で死ぬのだから」

中在家は包み紙を傾け、金魚鉢の中に白い粉をサラサラと入れた。綾部はそれと交互に立花の顔を見る。

「戦が終わったら私が海に花を投げに行こう」
「戦が終わったら、ですか」
「ああ、きっと潮江もあの海の底に眠っている筈だ」

金魚鉢の中の白い金魚は、もう既にプカプカと浮いて死んでいた。それを人間だとも思った。
容易いことなのだ、死を越えることは。中在家の頬には傷があるが、傷も何もない綾部の頬には涙が伝う。金魚は生きたかったのだろうか、死んだ方が優雅に泳いでいる。もう何もかも、全ては闇である。

「竹谷少尉が船にいると聞いている。少し少尉と話をしたい。船に無線を繋げてきておくれ」
「…はい」
「すまない、綾部」

靴音は廊下に消えた。
葬送曲は鳴り続ける。踊っているのか、金魚はぐるぐると回って泳ぐのだ。



「長次、そこの引き出しから薬を取っておくれ」
「承知致しました」
「なあ長次、綾部を殺してきてくれないか」
「承知致しました」
「殺したら花を綾部にやってくれ。それが終わったらお前には、自由をくれてやる」
「では、立花元帥の横で腹を切ります」


葬送曲は鳴る。
三度目の何故は無い。


end


紅欟様、リクエスト有難う御座いました!
軍隊ものの配役お任せということで立花中在家綾部を出してみました´`*memoの軍隊パロもちょこっと内容として出てくる感じに仕上げたのですが、紛らわしかったらすみません;
とりあえず立花が元帥なので一番エライです(笑)


100516











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