「不破、」 軋む渡り廊下は早くも真夏の香りであった。それから一歩湿った土を踏んで、蟻の行列をも為さない場所は真夏日の貂を盗る紛れもない陽炎、でもあった。 それから水面とは言えない眩みに目を細めて振り向けば、抱えていた本をバサリ、真正面へと落とす。 「あ」 しゃがみこんで取る間もなく額を小突かれ、その瞬間に匂うと思えば彼は金木犀のようだと不破は思う。 「本を汚しちゃあ、長次に怒られるぞ」 「…すみません。」 何処かで鳴いている蝉の声がよく耳に入ってきては通り抜けて行く。そんな空間を先程まではどうでもよく感じていたのに、嫌味の如く吹き抜けながらも豪々と入って来ていた。 スッと伸びる食満の長い指と腕を百合のようだと思ってしまったのも、不破は霞む瞳の奥で蒼白い景色を歪ませる何かだと決めつける。途端、それが赤く染まって奇麗に焼き尽くしてしまったのだった。 (曼珠沙華の季節、だったかなあ) 「花びら、ついてる」 「え、」 ほうら、そう言って見せられた手のひらには、黄色い花びら以上に何も存在してはいなかった。 それさえも、耳に触れられるとビクッと芯が唸って肩がガクンと上にあがる。 「不破ってからかうと面白いね」 「先輩!」 悪戯好きには見えないその容姿でクスクスと笑い、狐のように化かしてしまうのではないかと空想のように考え、それから影響する鼓動を抱えていた本に吸収をさせた。全て吸い込んではしまわないのに、そのまま綺麗な顔で笑う食満を見つめ自分も顔が綻ぶ事を知ると、頭を撫でられる行為にすらドキドキしてしまう。 また、そんな昼下がりがとてつもなく愛しい人と馴れ合うような感情を、錯覚的に持たせてくれている。 (どうしてこんなにも一個下の後輩が立ち居っている此方を離れたくないのかと自分に問いかけながら、) 「雷蔵、鉢屋がお前を探してた。」 「三郎、が?」 「これを言いに来ただけだよ、」 指先に陽炎をまた見ると、再び金木犀のような風が涼しくも、ただ透明に吹き抜けて行っただけである。 (食満せんぱい、僕のこと、名前で呼んだ。) end 塩さまリクエスト有難う御座いました! 食満と雷蔵ということで、エロチックではないんですが色気たっぷり食満と、そんな先輩に惹かれる雷蔵。食満のどこが質悪いかっていったら、用件を最後に言うところと、鉢屋が雷蔵を探しているのに雷蔵の居場所を言わないところです(笑) 上手く表現できなくて誠に申し訳ないです! 090318 ← ×
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