放課後に三郎を見た。
僕は、二冊の教科書を灰色の床にボトリ、落としてしまった。




「あ、教室に忘れ物」
「またぁ!?」
「先帰ってて、」
「いや、そこは待っておくだろ」
優しいハチといつもの会話を繰り返す。もう何回目だろう、ごめんね、今日も君を待たせるんだね、僕。ごめんなさい。
浸りと謝りながら、一番下の階段に座り込んだハチに、僕は眉を曲げながら駆け足で三段目から上に上がる。いつもより大きく感じた夕日が、眼球の奥に入り込もうとし、グラグラと脳を動かした。
ああ、何度、毎回、僕は教室に戻れば、気が済むのだろう?

上りきった階段から下を見れば、ハチがにかりと笑った。僕は、夕日、眩しくないのかな、なんて思った。早く教室に行かないと間に合わない目的。その目的と言わんばかりのドアを開けたのは、少し息を乱してからすぐの事だった。



「また忘れ物か」
静かな教室、呆れた様子で、確かに君の声。
「さぶろう…」
これが目的と言えば、気まずいのだけれど、(放課後、教室に残る君に、会いたくて)
今日だって、気まずいまま移動教室だってお昼だって、一緒に過ごした筈なのに。で、あれ?どうして気まずいんだっけ?

「なぁ雷蔵、お前、俺を避けてないか?」
うん?今考えていたじゃないか。ぐるぐる、言葉に詰まったもんだから、机に座りのんびり足を組んでいた三郎が、突然僕の前に立ち顔を撫でた。
(ああそうだ、僕ら、隣同士だったねえ)


「俺、なにか気に障ることお前にした?」
(それは単純に会いたいからです。避けてるのは、)
「雷蔵、聞いてる?」
(避けてるの、は)
「ねえ」
(やっと分かったような気がしました。気だけするなんて、無の空間のようですね)

「三郎が、彼女と教室でキスしてるとこ、僕、見ちゃったんだ。」

ああ、そう。軽い返事だけは痛々しく、感情任せに言うほど堪らない。君に、告白してるみたいじゃないか。僅か掌に汗が滲む。

「覗こうとして覗いたわけじゃなくて、その…。それに、最近君に彼女が出来てから三郎と関わる時間が…だから、ね、一緒にいる時間がなくなったっていうか…ええと、」
キュ、足に力が入ったせいか床が鳴る。
こんなこと、言うためだけに忘れ物のない忘れ物を取りに来たのではないのに。
どうしたら、よいの。
(胸がギリギリと痛む、それに、焦り)


「雷蔵、コレ。彼女がいつも使ってるんだ」


肩を掴まれたまま、するると君は胸ポッケから真っ赤に近いキラキラと光るグロスを。(そんなに、それ、大事にしてるんだね。)言うと首を横に振って僕の唇にベットリとつける。それから噛むように舐められた。はみ出したソレは、ベタベタと僕の気持ちのような粘着性を抱えている。
(きもちわるい)
自らの舌で唇を舐めると、その舌さえも舐められ舐められ落書きだらけの三郎の机に押し付けられてはズット、続けられる。なのに、厭きないだなんて。

それで心地よかったのに。
ガチン、と。音が鳴れば、三郎はニヤッと笑うばかり僕は涙を浮かべるばかり。
「痛い―――!」
しゃがみこむと同時、重力に素直な血がポタリ。どうして痛くて血が出るのだろうと耳を弄れば、左耳にはピアスらしきものがガッチリと肉に食い込み、ピリピリと痛みが走り出す。けれども、外す気もないどころか、外したくはなかった。
(冷たすぎるんじゃないの、)


「そんな、一緒にいる時間がなくなったなんて言わないでよ。俺、悲しいからさあ」
「う、ン」
「明日もまた、"忘れ物"しなよ。彼女にフラれるまでは教室にいるから。」
(放課後、彼女を教室で待つ律儀な三郎が、フラれる日は来るのだろうか?二人の時間、二人の空間、僕はどちらを欲しているのだろう?)


「ピアス、明日入れ換えてやるよ。俺と同じの」
「…有難う。」

額を合わせられ、コツンと内に響いた瞬間に思い出すのだ。
「じゃあ、ね、ハチ待たせてるから」
「ああ」

僕は
三郎が好きなんだと。
(ピアスを弄りながら繰り返される毎日)


end











×