それは簡単な任務が終わり、学園に戻ろうとしている随分な夜更けであった。 今回は迷うことなく任務を達成できたよ、そう言ったら三郎は驚くだろうな、喜んでくれるだろうな、笑いあってくれるだろうな。 「三郎のことばっかり考えてる、うふふ」 見えぬ枯れ葉をシャクリシャクリ踏みながら、僕は走り出したい気持ちに駆られつつ、ご機嫌上々に夜道を歩いた。 やっと学園の大きな門が見えてくると共に、ぼぅと門前には顔がある。 「あれ、三郎!」 蒼白い僕の顔。 身体はなくて、首がひょろりと長い。 僕が任務から帰ってくるのが待ち遠しかったんだ、だから首を長くして待っててくれたんだね、首を長くしすぎて本物のろくろ首になっちゃってるじゃないか、おかしいな。 僕は駆け足になった。 (あれ、…?) 門前にいた三郎はもう何処にもいない。 (すごく蒼白い顔、してたな) そう思いながら戸を叩き続けていると、眠たそうな小松田さんが戸を開けてくれた。 「あの、三郎…鉢屋三郎はいませんでしたか?」 「うん、鉢屋君はいなかったよ」 「ろくろ首は?」 「えっ、そんな妖怪もいなかったけど」 摩訶不思議、僕ってば、幻覚を見るぐらい三郎のこと大好きなのかな。 (ああ好きすぎて頭が痛い!) いや、でも三郎のことだから僕をびっくりさせたかったに違いない。では僕も三郎をびっくりさせてあげよう。 又々枯れ葉をシャクリシャクリ踏みながら、僕は三郎と僕の部屋へ急いだ。そして、いつもの三郎のようにどんな悪戯をしようか考えた。 ガラリと部屋の戸を開けると、長くない、普通の首の長さの三郎が、文机に項垂れている。全く、ろくろ首という冗談も程々に! 「三郎、ただいま」 僕の気配に気付くなり、三郎はギョッとした顔をする。 「どうしたの雷蔵…」 「えへへ、任務失敗しちゃって」 「なんで…そんな……」 「あのね、右目はね、苦無で突かれて無くなっちゃった。この左足はね、切られて無くなっちゃった」 勿論、全て三郎を悪戯に引き込むための演技だ。痛々しいぐらいに顔の右側に巻いた包帯、そして左足が無いように見せるため、左足を曲げて巻いた包帯。どれも偽の怪我を作っている。血の臭いもしないし、僕の痛そうでもない表情から簡単に嘘はばれるものだと確信していた。 (こんな瀕死まがいな傷を負っちゃったら忍としてやっていけないもの、まず真っ先に自害を選ぶよね、学園に戻ってくるわけないじゃない) (三郎は分かってくれると思っていた、) ドスン…! ざく、ザクザクザクザクザクザクザク、ガッ、ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク、ザクザクザクザク、ベキン、ゴキッ、ベキベキ、ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク、ぶしゅっ、ザクザクザク…ビシャァ…ドクドクドク、ドクドクドク、ドクドクドク、ドッドッド、ぴしょん…ぴしょん…ドクドクドク 「さぶろう…?なぁに、この音…」 薄暗くてあまりよく見えないものだから、ひょこひょこと片足で部屋の中へと入ってみた。 三郎もそんな僕を気遣ってか、ひょこひょこと僕の方へ歩いてきてくれた。びちゃり、と先程から互いに何かを踏んでいる。鉄の匂いがする液体って、血以外に何があったっけ?色々考えながらも転がっている蝋燭に火をつけた。 「雷蔵」 「ぎゃああアア」 どすん、と僕は床にしりもちをついてしまった。 「な、なんで…三郎、右目に、右目に苦無が刺さってるの…!?それに左足っ、左足がないよ…!?」 「うん、千切った。だって、雷蔵も右目、ないんでしょ?左足もないんでしょ?」 もしかすると、僕はとてつもなく最悪な冗談を親愛なる三郎に言ってしまったのかもしれない。 (どうしよう、戻らないよ、三郎の右目も左足も戻らない) ボタボタと音をたて、三郎の何もない左足からは血がビチャビチャ流れ出た。 「三郎…っ、三郎、こんなに血が…!なんで…、どうして…!」 「ダメなんだ、雷蔵と全部同じじゃないと意味がないんだよ」 「意味ってなに…!意味なんか、ないよ……!」 「俺にはあるから大丈夫」 三郎は純粋に僕を好いてくれていて、僕も純粋に三郎が好きなだけだった。三郎は完璧に僕になるための変装をして、僕は、僕は三郎になるための変装なんかしたことはなかった。 「三郎を驚かせたかっただけなんだ…僕、」 顔半分に巻いていた包帯と、左足に巻いていた包帯をゆっくりゆっくりほどくと、傷一つも無い僕を見て三郎は確かにこう言った。 「これは驚いた」 (頭が痛くなって視界が歪む。三郎の驚いた顔を二度見れたが、血まみれだったのでよく分からなかった。) 「三郎が、ろくろ首になって僕を驚かすから…、だから僕も三郎を驚かそうとして…」 「え、ろくろ首?それって妖怪じゃない?」 「妖怪、だけど…、だって!あれは三郎だったもの!」 「俺は妖怪じゃないもの。」 「……じゃあ、…」 「どうしたの、雷蔵」 「頭が、…痛くて…」 「大丈夫?」 「うん…。でも、右目に苦無刺して左足ちぎっちゃった三郎の方が痛いよね…?ごめんね…」 「ううん、俺は平気だよ」 三郎の右目に刺さった苦無がカランと落ちた。眼球は見事に潰されている。三郎の左足は勝手に外へと出ていった。 (どこへ行くのだろう、三郎はここにいるのに。冗談も程々に、それは僕への重い戒めの言葉だった。こんな軽々しい冗談を言った僕を、三郎はにこやかに穏やかに見ている。顔半分は真っ赤だ、ああ血生臭いああ頭が痛い。) 「雷蔵、目が覚めた?」 呼び掛けてくれた三郎はいつもの三郎だった。いつもの、僕の顔に変装した三郎。右目はあった、三郎の左足もちゃんとついていた。けれど、血生臭いのはどうしてか。 「雷蔵ってばいきなり倒れちゃうんだもん。あたま、すごく痛かったの?」 「うん…、すごくすごく痛かった…」 「今は、どう?」 「今は痛くない…」 (けど、別の何かが痛い気がする。) 「ねぇ雷蔵、任務おつかれさまだったね。ゆっくり休んで。みんな雷蔵のことが心配で心配で、首を長くして雷蔵の帰りを待ってたんだ。よかった、ちゃんと生きて帰ってきてくれてよかった、ありがとう」 「……大げさだな、三郎は…」 僕の手を握って泣き出した三郎は、僕からはよく見えなかった。左目からはよく見えるのに、左目を閉じて右目を開けてみると何も見えないのだ。両目を閉じると、何も見えなかったのだ。 (冗談だよ、って、さっき包帯を外した筈なのになんで、どうして僕は顔半分を覆うように包帯をしているのだろうか) やはり左足の付け根を触ると左足はなかったのだ。 そう、それは廿(にじゅう)の法則である。 end ← ×
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