「ごめん!!本当にごめん!!本ッ当にごめんなさい…!!」

僕が何を言っているのだろうと思っている人にもごめんなさい。心から謝っているのです。
息を切らして僕には似合わない小洒落たカフェへと突進すると、トレイを抱えた店員さんから笑われてしまいました。そして、さも分かっているかのように導かれ、待ち合わせている人がいるテーブルへと御丁寧な案内をされました。

そして今はその待ち合わせ人に、待ち合わせ時間に間に合わなかったことに対して謝っているので、自分の靴しか見えません。テーブル下から覗くbirkenの靴もちらりと視界に入った気もしますが、あ、新作だ…なんて今はそれどころでは…。

「いいよ、伊作。いつものことだろ」
「留三郎……。」

とりあえず何か食おう、そう言ってテーブルの上にメニューを広げ出した。とりあえず僕も、恐る恐る顔を上げて椅子へと腰を下ろしたのだった。

留三郎は相変わらず綺麗な顔で、僕はきっと困った顔をしているのだろう。留三郎も困った顔をして僕にはっきりと言ってくれればいいのに、お前と付き合ってられないって。
(でも、言われたら泣いちゃうだろうな、温度差がじわじわきてさ。)


今日は一週間前から天気予報を調べに調べ、台風でもない豪雨でもない強風でもない普通の日だと綿密にチェックしてから、大好きな留三郎に声を掛けた。ご飯とか買い物とか映画とかに行こうって僕から誘ったのに、――それと、胸のモヤモヤが引っ掛かって、もう留三郎にスキって伝えなきゃいけないって思って誘ったのに。

「なのに、誘った張本人が大遅刻なんて最低だよね…」
「気にするなよ、もう慣れたから」

毎回同じ台詞と、毎回違う留三郎の表情。もしかして、呆れられてるのかな?そうだとしたら結構僕には辛いことだ。別に今日に限ったことではないのだけれど、留三郎は今日一日を楽しく過ごしてくれるのだろうか。
(はしゃいでるのは僕だけ?浮かれているのは僕だけ?)
色んな考えを張り巡らせていると、難しい顔をしている僕に留三郎は腕組みをしながら聞いてきた。

「で、一応聞くが今日の遅刻理由は?」
「……電車に携帯を忘れました…。」

スプーンが食器にカチャカチャとあたる音が、店の中にやんわりと響いては僕らの静寂を傷付けていく。
やけにその静けさが僕の中に気まずさを作り出す。

「あの、さ…」
「ん?」
「きょ、今日なんの映画みる…?」
「恋愛系以外」
「えーっ!僕恋愛系見たかったのに…!」
「じゃあ今度長次と行けばいいじゃねぇか」
「長次と行けばいいじゃねぇかって……。」
「恋愛系は面白くないだろ?」
「面白いとかそんなんじゃなくて、共感したり切なくなったりさ…」
「いやいや、そんなもんよりアクション系が一番」
「…なんか文次郎もそんなこと言ってたような気がする」
「おー、そういやこの間、あいつと見に行った映画すげぇ楽しかったな」

さりげなくハードルを上げられた。
(喧嘩ばっかりするくせに、なんだかんだ言って文次郎と仲良しじゃん…)
留三郎と僕は見たい映画が被ったことはなく、今飲んでいるコーヒーだって色彩、味覚からして随分と違う。留三郎はブラックコーヒー、僕はミルクとシュガーをたっぷりと入れた甘すぎて喉が焼けそうなコーヒー。
頼んだパスタだってトマトソースとホワイトソース。対照的な色がテーブルの上に存在している。何をしても正反対。相互しているといえば、僕の不運に留三郎も巻き込まれている時だけだった。
(ここに居るのが僕じゃなくて似た者同士の文次郎だったら、もっと楽しかったのかな)

「留三郎、ホワイトソース嫌い?」
「ああ、パスタはトマトソース」
「文次郎もトマトソースが好きって言ってた」
「あいつミートソースジャンキーだからな」
「……留三郎、僕の好きな食べ物知ってる?」
「さぁ、何だったっけ…?」
「…留三郎…、僕と初めて会った日、覚えてる…?」
「覚えてねーよ、んな昔のことなんざ」

何でいつもこうなんだろうって、柄にもなく思ってもいいのかもしれない。思うだけ切ないけれど、思わなければ感情なんてゴミと一緒に捨ててしまいたい。
自分が情けなかった。思い通りになんかなる筈はなかった。


「伊作…なんで泣くんだよ」
「だって、とめさぶろーが…」
「…お前、細かい」
「だって…!」
「いちいち覚えてるわけないだろが」
「………だって…、」

口に入った涙がしょっぱい、垂れてきた鼻水もしょっぱい。
「留三郎は文次郎と居た方が、楽しそう…」
「は?…何だよ急に」
呆れた顔の留三郎はもう見れない。困った顔をした留三郎の顔も見たくはなかったけれど、
(仕方ないじゃないか、スキになってしまったものは)



「……スキなんだもん」



聞こえたのか聞こえなかったのか、伝わったのか伝わらなかったのか、留三郎は黙ったまま右のポッケから小さな箱を取り出した。それを僕に、と言う。お前から言わせてすまなかった、と留三郎は顔を真っ赤にして謝ってきた。僕の顔も真っ赤になっているだろうから指摘はしない。
(あれ、聞き間違えてないよね、違うよね)

「オレも、伊作のこと大好きだよ」

展開がおかしすぎてワケが分からなくなってしまった。ぽかんとしていると、キレ気味に早く箱を開けろと留三郎は言った。昔からそうだ、恥ずかしさを隠す時、留三郎はいつも口調がキレ気味なのである。

「…ネックレス…?しかもリングが2つもついてる…」
「お前に…やる」
「えっ、待って!嘘!だってこれ!」
「声でかい!」
「だって嬉しいんだもん!」
「………そっか、」
「ねぇ、リング2個あるからさ、このリングは留三郎がはめててよ、こっちのリングは僕がずっとつけるから。おそろいにしよ!」
「…ん。」

手渡したリングを、留三郎は迷わず細く綺麗な薬指に通していた。僕もさっそくリングが通してあるネックレスをはめて照れ臭そうに笑ってみる。
(後で留三郎から左手の薬指に指輪はめてもらおう!)

「ふふふ」
「何だよ伊作…」
「今ね、凄く嬉しすぎて叫びたい」
「それだけはやめてくれ」

冷えきったパスタを食べて冷えたコーヒーを飲み、小洒落たカフェを僕らは出た。そして映画を見る前に観覧車に乗りたいと僕は我儘を言ってしまった。
(二人だけの空間でもう一度、留三郎の顔を見ながら大スキだと伝えたかったのだ。)



「なぁ伊作、観覧車止まってる」
「本当だ…救急車もいるし警察もいっぱい…。誰か倒れたのかな?」
「残念、乗れない」
「えー…っ、そんなァ」
「さすが不運王」
「不運王!?」



自然に繋いだ手の温かさが、留三郎と僕の距離を縮めている。観覧車に乗って一周したとしても、同じような感覚は得られなかったのかもしれない。

「僕ね、ずっと大スキだったんだ、留三郎のこと」
「俺は初めて会った時から大好きだったよ」


(また細かいって言われるかも知れないけれど、天気予報が珍しく当たった今日を、二人の大切な記念日にしたいなって思うよ。死んだって僕は忘れることはないんだから、絶対に。これからもよろしくね)



僕は留三郎と笑い合いながらも、騒がしい救急車のサイレンを頭の片隅で聴いていた。

end











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